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7.一緒でさえあれば

「いい、天気だな」


「はい、いい、天気ですね……」


 現在、二人は森の開けた広場にいる。大きめのマットが広げられ、ジェルドがごろりと横になり、隣でソラが正座している。傍らにはバスケットと水筒。辺りには、小さくて白い花が一面に咲いていた。

 ソラとしては、突然ジェルドに呼び出され、訳も分からず連れて来られたので、一体なんの目的で、何を目標に過ごせばいいのか見通せず、混乱している。が、状況だけを見れば、間違いなくこれは『ピクニック』であろう。


「お腹空いたら、そこのかごに焼き菓子入れてあるから、好きなの食べて」「なんと!殿下は神であらせられますか!?」 

 完全に餌付けされたソラは、ジェルドに信仰心すら感じ、盲目的に従っていた。(食に関して)


 ソラはさっそく一つ、手に取る。濃厚なチョコレートケーキは存在だけでも素晴らしいのに、中からは甘酸っぱい杏子のジャムが顔を出す。お茶からはほのかに花の香りがして、口に含むとほどよくさっぱりとするので、さらにお菓子を食べたくなる……幸せと感動を口いっぱいにほおばり堪能しているソラの横では、ジェルドがどことなく機嫌良さそうにしている。



 ……慣れてくると、ジェルドとの生活は平穏そのものだった。まるで、こんな日々がずっと昔から繰り返されてきたかのような、『凪』。


 3食きちんと食べ、渋々ながらも鍛錬に付き合っているジェルドは、出会った当初よりも相当顔色が良くなった。

 昨日の鍛錬では、ジェルドがソラの隙をついて魔法を放ってきたため、ソラは結構危ないところまで追い詰められた。一応、反則判定でソラが勝利、という話で収まったが。ジェルドは昔、剣を握ったこともあったのだろうか。筋がいいので、体力さえついてくれば、ソラの訓練相手としても申し分ない程の実力がありそうだ。


 鍛錬が終わった後も、屋敷の手入れもやることはいくらでもあるし、ソラはなんだかんだとずっと忙しくしている。騎士団にいたころと比べても遜色のない毎日だ。家事分担も特に話し合った訳ではないが、二人で暮らして1か月近くたつと、お互いの生活リズムや得意不得意が徐々に分かってきて、うまく回るようになった。まあ、王族にそれをやらせていいのかということは置いておいて。

 

 今日のようにジェルドから屋敷の外に連れ出されることは初めてだったが、たまにはこうしてのんびりするのも悪くない。そして、自分とどこかに出かけようと思ってくれたことが、ソラは素直に嬉しい。


(まるで、夫婦のようだな)


 ふとそんな考えがよぎって、ソラは急激に恥ずかしくなった。

(相手は王子様だし。自分は何をバカなことを考えているんだ!)

 邪念を払うためにおもむろに立ち上がると、猛ダッシュし、手ごろな高さの木で懸垂をした後、再び所定の位置に正座した。ジェルドが不審人物を見る目で見つめてくる。


「ちょっと、体を動かしたくなりまして」


「ふうん?」

 そう言って上半身を起こすと、顔を覗き込むようにじろじろとソラの様子を伺ってくるので、大変居たたまれない。最近のジェルドは前髪で顔を隠そうともしなくなったので表情がよく見え、ソラとしては更に落ち着かなくなる。


「鳥が……飛んでいますね」

(話題を変えよう……)


 ジェルドは黙って空を見上げた。


「この森には、生きものは……たくさんいるようです。殿下の結界とは、人間だけに作用するものなのですか?」


「うん、そう。動物はよくやってくる。お前も、実は野生動物だったりしてな」


「よく、言われます」


「……よく、言われるのか」


 そんな残念な人間を見る目で見ないでほしい。


「ごほん!……殿下はこうやって時折、森に来られるのですか?」


「いや、門より外に出たのはソラが来てからかな。お前に無理やり走り込みさせられる以外では3年ぶり」


「さっ!……!!……それで……どうでした?」


「まあ、悪くはないかな。ソラと、一緒でさえあれば」「ぶはっ!!!!」


(殿下は人をからかって反応を見るのが趣味なのか……!?)


 せっかくのお茶を盛大に噴き出してしまったソラは完全に涙目だったが、ジェルドは、その日一日、終始機嫌良さそうだった。



    ◇ ◇ ◇

 

 別の日。ソラが庭で黙々と作業していると、ジェルドがやってきた。

「ソラ! 今日は何してるの」


「庭を、整備しています! 花を…植えてみたのですが」

(なんだか最近、やたらと話しかけられるな)


 以前追いかけっこをしたときに見つけた、荒れ果てていた中庭も、とりあえず整地はできた。ただ、やはり何もない平らな土地では物悲しい感じがする。そこでソラは、枯れていた植物の様子から、たぶんこの花だろうと目星をつけて数日前に植えてみたのだが、今はすっかり元気をなくしている。


「花を、ねえ」

 ジェルドは何か言いたげな顔だ。


「植物に詳しくないため、育て方が悪かったのかもしれません…」


「確かにそこにはその花が咲いていたな。しばらく放置されていたから、土が合わなくなったんだろう。季節も悪いしな」

 ジェルドにバカにされると思ったが、思いのほか、真摯なアドバイスをもらえた。


「土…ですか」


「徐々に改良していけばいいけど、手っ取り早いのは、育てやすい花か…野菜か。まあ、季節的に今年できることは限られてそうだけど、『バンノウイモ』『クロタネ』なんかは簡単だし、今からでも育てられるかもな」


「是非とも!くわしく教えていただきたいです! 今のうちにしっかり学んでおけば、来年には野菜がどっさり……観賞用の花も素敵ですが、やはり採れたて野菜を食べられるのが素晴らしいですね」


 そこで、またしてもなんとも言えない顔をしているジェルドと目が合った。


(しまった、つい。来年……自分がここにいる訳でもないのに)


 ソラのあせりと裏腹に、ジェルドは思い切り噴き出した。


「ぶはっ! お前には繊細な花よりも、芋のほうが似合ってるかもな!」


「そう、ですね。芋も貴重な栄養源ですし、大好きです」


「わかった、今夜は芋たっぷりで何か作ってやる」


「なんと……! 我が神よ、感謝いたします!! もし……この哀れな人間にもお情けをいただけるなら……ポテトサラダを所望します!! ……ああ、今から期待しすぎて、何も手がつかなくなってしまうかもしれません」


「ま、楽しみにしてて」

 ソラの最大限の賛辞と懇願を浴びたジェルドは、満足そうに屋敷に戻っていった。



 1人残されたソラ。ふ……と風がそよぐのを感じる。


(もう……季節がめぐりそうなのか……あ)


「……自分の置かれてる状況、忘れかけてた……」


 ソラのつぶやきは誰の耳にも届くことはなく、消えていった。

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ポテトサラダ食べたくなってきた( ˘ω˘ )
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