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6.料理界の皇帝

「え、荷物、これだけ?」


「はい、普段休息をとる以外に、部屋で過ごすこともありませんので、荷物はあまりないのです」


「はっ、寂しい人間だな」


「……(つっこむのはやめておこう)」

 

 ソラが持ってきた荷物は、少しばかりの着替え、日用品と愛用する剣程度。ジェルドと約束(半ば脅し)をした次の日には、あっという間の引越が完了した。


 ソラは以前使用人が使っていた空き部屋を使わせてもらうことになった。使用人部屋と言っても、さすが王族の屋敷。ソラが普段住んでいる部屋の3倍ほどの大きさで、簡素ながら質のよい家具が置かれている。日当たりも良好。少し掃除をすれば、すぐに快適な住処になるだろう。


 ジェルドからは、夜の見張りはなくてよいと言われている。

 ジェルドと鍛錬をしている間は何かあっても護れるし、夜も屋敷内にいた方が案外対処しやすいのかもしれない。そのうえ、ジェルドの張った結界は大抵の人間には効果があるというから外部の敵の侵入は心配がないようだし、本来なら使用人が請け負うような仕事を引き受けたほうが、今現在は役に立てるような気もする。


「というわけで、さっそく昼食を用意しました」

 屋敷の厨房と食堂は長年使われていなかったようだが、ソラは屋敷へ来てからまずはそこを掃除し、料理を作った。


 テーブルに乗るのは、でかいチキンステーキと食べ応えのある固めのパン。トマトはざっくりと半分に切られている。ちょっとさみしいのでゆで卵も5つほど添えてみた。ちなみに食材は、何故か屋敷の食糧庫に新鮮な状態で保管されていたのでお借りした。ジェルドがこっそり買い出しに行っているとは思えないが、使えるものは使わせてもらおうとソラは考えた。


 料理を目の前にしたジェルドは、複雑な表情を浮かべている。


「……男の料理かよ」


「健康のためには食事も大切です。ささっ」


「無理、こんなに重いの食べられない」


 うんざり、といった顔のジェルドが、渋々食卓に着いた。

 こうして改めて見ると、ジェルドは本当に線が細い。普段も、あまり食べていないのだろう。いきなり自分が騎士の男性陣にまじって普段食べているものを出しても受け付けなかったかもしれない。ゆで卵3つくらいにしておけば良かったかな……ソラは少し後悔した。


「わかりました、食べられる分だけ食べたら、置いていてください。」


「お前は?」


「私は、残り物を後ほどいただきます」


 ジェルドは、無言で使っていない皿に自分の料理を半分ほど取り分けると、ソラの前に出した。


「食べて」


「……今ここで、ですか?」


「そう、時間をずらして食事の用意するなんて効率悪いだろ」


「しかし、殿下と一緒など畏れ多いです」


「俺は堅苦しいのは嫌いなの」



 じっと、無言で睨まれ続けると、ソラはだんだん居心地が悪くなって、ついに折れた。


「で、では」


 ソラはおずおずとジェルドの向かい側の席に座った。ジェルドが肉を一切れ、口に運ぶ。


「まあ、悪くはないか」


「ありがとう……ございます」


「にしてもさ、繊細さのかけらもないな」


「すみません」


 目の前の男は、褒めたいのか、貶したいのか…とりあえずぽつぽつと掛けられる声に、ソラは相づちをうった。


「ごちそうさま。で、今夜はもう、作らなくていいから」


「……はい」


 皿の上に乗った食べ物は、きれいになくなっていた。

(無理して食べてくださったのかな……殿下にはお気に召さなかったのだろうけど。ならばせめて、力仕事では役立つようにしないと……)


 午後の鍛錬(ジェイドには断固拒否された)を終えたソラは、庭の手入れをしていた。

 広場にして十分な訓練ができるようにしてもいいが、花に囲まれていただろう以前のような庭園に戻す方がいいような気もする。どちらにしろ、今は枯れている木々や植物を片付けることが必要。


 ジェルドはああ言っていたが、やはり栄養のつくものを用意しなければ……魚でも釣って塩焼きにしようか……

 いろいろ思考を巡らせながら、ソラが庭仕事の手を止め、顔をあげたときだった。


(あれ、なんだかいい匂いがする……)



 その夜、豪華な晩餐会ほどの料理がテーブルに並んだ。白身魚のムニエルタルタルソース添え、色とりどりのビーンズサラダ、トマト仕立てのスープ、ふわふわのパン……。どれも手の込んだ、ソラが普段食べることもないような料理ばかり。驚いて聞くと、なんとジェルド一人で全て用意したとのこと。


「これくらい別にどうってことないけど」


「で……殿下は毎日このような料理をなさっているのですか?」


「いや、1人ではめんどうだからいつも適当にすますけど。あんたが料理担当するくらいなら、これから俺がやるから。ありがたく食べて」


「あ……ありがとうございます!」


 まさか、自分の警備対象で王族の人間に、豪華な料理を作ってもらう日が来るとは……

 複雑な心境でとりあえず目の前のサラダを一口。


「あ……、ああ!! 殿下、おいしすぎます! 手がとまりません!」


「当然だ。ちなみに、食後のデザートも用意してある」


「『料理界の皇帝』……であらせられますか」


「いや、一国の王子だけどな」


 その日、ソラにしては珍しく、動けないくらいまで満腹になるほどの料理を平らげた。

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もう新婚夫婦じゃん( ˘ω˘ )
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