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4.相当怒ってる

 目の前に立ち、ニヤリと歪んだ笑いを見せるのは、屋敷の主、ジェルド第二王子。その背後で、再び雷鳴が轟く。


(つまり……私はジェルド殿下に拘束されている、という状況だろうか)


 様々な状況証拠が、逃れられない現実を突きつけてくる。


「殿下? なぜこのようなことをなさるのです?」


「それにしても……、なぜここまで来れた? 聖女の姿で陥れようと? いや……」


「あの、この縄を解いていただけませんか?」


「まさか、結界が弱まって……いや、それは——」


「殿下……」


 これは本気でだめなヤツだな、とソラは思った。全く受け答えにならない。ジェルドは自分の世界に入ってしまった様子で、ずっと何か小声でつぶやいている。


 先ほどは気付かなかったが、ジェルドのゆったりとしたシャツの胸元は開いており、首元まで蔓が這ったような黒い痣が見えた。


(これが……呪いなのだろうか?)


 ソラがいろいろと思考を巡らせているうちに、ジェルドはさらに接近し、しゃがんで顔を近づけてきた。前髪の隙間から見える紅い瞳は、さらにギラギラと輝いているように見えた。


「……じゃあ、本物の聖女と言うことか? では俺のモノにしてやろう、輝きのせ……」

 ジェルドが言い終わる前に、ゴンッ!!と鈍い音が部屋に響いた。



「んんーーーーーっ!!!!」



 ソラが、ジェルドの顔面に思い切り頭突きしたためだ。


 声にならない叫びをあげたジェルドは、鼻を押さえて床を転げ回っている。


 そのまま隙をついて立ち上がったソラが、目の前に積まれた本を思い切り蹴り崩す。


「ああああ! 俺のコレクションが!!!!!」


 何とか持ち直したジェルドが更に悲痛の叫びをあげるも、ソラはそのままダッシュして謎の置物のそばへ。金属でできた女性を形どった像のようなもので、剣を掲げたポーズをとっているため、先端がとがっている。


 ソラは後ろ向きになり置物にジャンプした。

 置物の先端が両手を縛っているロープに器用に突き刺さり、ブチっという音と共に切れた。


 ……と同時に、置物もぐにゃりと歪んだ。



「ちょっ……王都祭り限定記念聖女オブジェが!!!」


 ほとんど半泣き状態のジェルド。ソラは自分が助かるために効率的な動きしか考えていなかったが、どうやら目の前の相手には精神的な大ダメージを与えられたらしい。


 両手が自由になったソラは、ドアに近寄り開けようとするが、そこは鍵が掛かっていた。まあ、想定の範囲内だ。何度も全力で体当たりすると、ミシッと軋んだ音がした。


 ようやくショックから立ち直ったジェルドがソラに走り寄ろうとした瞬間に、扉ははずれ、ソラの体重を乗せたまま部屋の外に吹き飛んだ。


「なにしてんだあああああああああ」


 ソラは屋敷の廊下を駆け抜けていた。後ろからはジェルドが追いかけてきていたが、相手は長年の引きこもり。現役騎士団のソラが、追いかけっこで負けることはない。


 ジェルド王子は魔法を使える。という情報通り、たまにソラに向かって攻撃魔法が飛んできた。ことごとく避けたので、屋敷中あちこち破壊されていったが。


 どこをどう走ったか定かではないが、ソラは気付くと庭園にたどり着いていた。警備している正面からは庭などわからなかったので、ここは恐らく屋敷の裏側だろう、とソラは考えた。ただ、庭園と言うには勝手に生えた雑草や伸び放題の木々しかなく、手入れされた様子がない。かなり荒れている。


 いつのまにか雨は小康状態になっていた。


 ぬかるんだ地面。その庭先に落ちている、少し太めの木の棒……

 自分の剣はどこかに隠されてしまったが、疲れ切っている相手にはこれくらいでちょうどいいだろう。

 相手は一国の王子とはいえ、自分の命を狙ってくるのなら、迎え撃つしかない。戦闘モードに入ったソラは、剣を構えるように棒を握りしめた。



「はぁはぁ……お前、一体何なの!?」

「? 一介の騎士ですが」


 遅れてたどり着いたジェルドは、肩で息をしていた。

 気付けは、うっすらと空が白んできていた。


 ジェルドの顔色は、いっそう悪くなっている様子だ。

 そして、ソラに向かって魔法を放つと思った瞬間……ジェルドは倒れた。


     ◇ ◇ ◇


 ジェルドが目を覚ました時、自室のベットに横になっていた。あの後、自力で帰ってきた記憶もないから、あの女騎士が運んだのだろうか、と体が鉛のように重くなったジェルドは、思考を巡らせた。


 そこで、ソラの戸惑いに満ちた表情を思い出し、言い様のない苦しさに襲われた。


 (そうか……俺は——)


 感情が暴走し、取り返しのつかないことをしてしまった自覚はあった。


 最近根気強く屋敷にやってきていたあの女騎士とも、もう会うことはないだろう。


 これできっとまた、1人死を迎えるだけの生活が始ま——……



 トントントントントントントン!!!!!!



 ジェルドが感傷に浸る間もないほど、けたたましい音が鳴り響いた。


 慌てて音のした方を振り返ると……工具片手にドアを修理しているソラがいた。


「……な……」


 荒らされた部屋も元通り……いや、なんなら前よりもきれいに整頓されているようだ。曲がったオブジェだけはそのままだったが。


「お前……」


「……」


 トントントントントントントン…………


 戸惑うジェルドに特に返事もなく、一心不乱に釘を打っている。ジェルドが目覚めたことには確実に気付いているだろうソラは、そちらに目を向けることもなく、修理し終えると去っていった。



 そしてその夜―――。ソラは何食わぬ顔で、いつもの警護ポイントに直立していた。


 さすがのジェルドもその様子をこっそり覗き見して、戦慄していた。


 ……今までと様子が違ってはいる。

 人の感情の機微には疎いと思っていたジェルドでさえ、さすがに気付いたし、納得の結果だ。


 あれは相当怒ってる、と。

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