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07 愛人候補


 剣は高額で競り合うことなく手に入れられた。

 受け取ってくれるとありがたい。

 店主に涙目でそうまでいわれて受け取ったけど。

 本当によいのだろうか。

 あとで買い付けに来ていた客と揉めたりしないのか不安もあった。

 やっぱり「地位ある者には勝てないから返してくれ」はいいけど。

 睨まれてイジメられるのは御免だぜ。


 武器屋を出て、もらった剣を手に取り眺める。

 剣の効能は、攻撃力80と攻撃を加えたとき反動で80HPの回復が得られる。

 攻撃の度に薬草1個以上の自動回復は非常においしい効果である。


 これを装備すれば、攻撃力91になる。

 あのスライムも1~2発で倒せるか、しかも無傷で。

 1匹10Gだから金策もサクサク進むな。

 もうすこし強めの敵にも挑戦できそうだ。


 ただ、こんな街じゃなければ面白くなりそうだったのに。

 愛人イベントを保留のままレベルと金をがっつり手に入れてからここを脱する手はないだろうか。


 強い敵に挑み、傷ついても宿ではなく武器屋で眠れるのなら回復するはず。

 俺を支援したい気持ちで新たな武器を恵んでくれりゃ代金が浮く。

 人の弱みに付け込むやり方は後が怖い気もするが確実に節約はできる。

 飲食もきっと無料。

 防具は自分で買うのか、それとも贈答か。



 などと思ったりもしたが、やっぱりごく普通の村から開始したい。

 飯屋には行かず街の外に出よう。

 つまり回復をするつもりはない。


 それなら周辺のスライムで死ねる。

 現HP135だしな。

 スライムにタコ殴りにしてもらって全滅か。

 情けないことだがゲームではよくあることだ。


『最初から』を選択すれば当然なにも引き継がれないよな。

 この「回復の剣」はここでしか入手できないのだとすれば、すこし残念だ。


 シナリオは好みの問題だし、このまま突っ切るプレイヤーもいるだろう。

 俺は『スカの街』のネガティブストーリーは性に合わない。

 だからやり直すのだ。


 どの道死ぬのなら遠出をして強そうな敵に遭い一発で終わらせよう。


 そうと決まれば迷うことなく街の外へ出る。

 草原をどんどん駆け出していく。

 スライムではなさそうな魔物の姿を捉えた。


「よし、あいつらにしよう!」


 目に飛び込んで来た魔物はスライムのような小者ではなかった。

 獣人だろうか。

 二足歩行の熊かトラみたいな感じだった。

 このレベルと体力でエンカウントしたら即死確定なやつ。


「うおぉぉぉ!」


 飛び蹴りを喰らわせて怒りを買おう。




『トラッドベアーが3匹あらわれた!』



 お、敵の名が表示された。

 トラッドの意味がよくわからんけどベアーだから熊系だな。

 そして3匹。

 これはもう詰んだだろ。


 こっちは素手だから効いていないと思うが。

 敵は怒りの雄叫びをあげ反撃するため襲い掛かって来た。


 「ザシュッ! ザシュッ!」


 身体を鋭い爪で引き裂かれる音が生々しく耳から脳内に響いた。

『デジル残りHP75』

「ザシュッ!」 

『デジル残りHP45』


 一撃で30HPずつ削られているのがわかる。


 「びしゅっ!」

 「びしゅっ!」

 「びしゅっ!」


 鮮血が目の前を覆った。

 意識が遠のいて行くように目の前が暗転していく。

 

 だがまだ暗転しきらない。

 かろうじて意識は保っているようだ。

 まだHPが残っているか。


 あと2回攻撃を受けたらよいだけだ。

 俺はフラつく足で倒れ込むように殴りかかった。

 また反撃がきた。

 それでいい。


「ザシュッ!」

「ザシュッ!」

「ザシュッ!」


 3匹分受けたのが画面上の表示で確認できた。

 鮮血も3回飛び散った。

 これで間違いなく「ゲームオーバー」だ。


 完全に目の前は真っ暗になった。


 うん?

 タイトル画面はどうした?


 声が聞こえる。

 例のNPC女神か?


 遠くから近づくように思えた。



 デジル……。


 デジル……デジル、大丈夫か!


 あの女神じゃないな。

 男の声だ。

 フルボイスだから聞き覚えがあるんだけど。


 やな予感がした。


「デジル……気が付いたか! 良かった生き返ってほんとに良かった」


 武器屋のおっちゃんじゃねぇかよ。

 武器屋の2階のベッドの上に寝かされていた。


 生き返ったとはどういうことだ。


「デジル、無茶しやがって。ここは監獄だ、自殺願望を抱く者も少なくはない。外の世界も看守が見張っている。魔物からお前を救ったのは護衛兵だ」


 そういうことか。

 だが俺は罪人じゃないんだけどな。


「なんで助けられたの? 俺って罪人扱いなの?」

「そうじゃないさ、わしとの交渉が保留だったからだよ。良かったなデジル」



 良かねぇよ!

 おっちゃんの都合だったのかよ。

 イベント中は死ねないのか、ゲームを終われないんだな。

 ちゃんと返事をして断るべきだったのか。

 その手順を踏まねばならなかったんだな。


 くそ。

 戦闘が無意味なものになった。

 いやひとつ勉強になったか。

 そうと判れば長居は無用だ。


 起き上がると、


 ステータスオープン!



 ☆

 

 冒険者デジル  レベル 2


 剣士レベル  2


 所持金  0


 HP  850/850

 MP  040/040


 攻撃 11

 防御 11


 所持品 『回復の剣』


 ☆




「あぁ回復してるんか!」


 金がなくなってる。

 仕切り直すからべつにいらんけど。


「それはそうだろ。護衛兵が街に担ぎ込んできて向かいの宿で手当てを受けたんだからな」


 宿かよ。

 回復は結局のところ宿屋と相場は決まっているな。

 それでおっちゃんの所に来てるってことは「愛人申請」のことは漏れてるのか。


「護衛の人にあのことを漏らしましたか?」

「仕方なくだ。役人だけだから許してくれな。そうしなければデジルは火葬場行く羽目になっとったからな」

「えっ!」



 俺、やっぱり死んでたんだ。

 蘇生を受けたって解釈でよいのか。

 

 あるんだなこの世界は蘇生手段が。

 そのことにおっちゃんが対処してくれたのだから。

 もしかして、


「おっちゃんも蘇生経験あったりする?」

「お、蘇生を知っとるのか! わしも流れて来たころ脱走を図ってな死んだらしい。だが死ぬことが許されないのが監獄なのだ」


 おっちゃんの場合たかが不倫じゃねぇか。

 そういうことに厳しい世界だよな。

 不死の監獄。

 死すら許されていないなんて。


「ねえ罪だけど……重すぎない?」


「愛した娘はわしを困らせようとして迷いの森へ行ってしまった。何年も捜索されたが「完全失踪者」と認定された。捜索対象になることはもうない。どこかで生きて居るかもしれないのに……わしのせいだ。彼女には家庭があった。それを崩壊させた罪は軽くなどない」


「おっちゃんの家庭もそうなったの?」


「わしは元から独身だ。武器屋だったわしに近づいてきたのはあの娘だったが親しくするうちに関係を持つようになってしもうた」


 これは余計なことを聞いたかな。

 思い出させてしまっては切り出しにくいのだが。


「助けてもらっておいて悪いんだけど。あの話は断らせてもらっていいかな?」


「ああ。構わないよ。君とすれ違いにやって来た青年冒険者にも持ち掛けた。あっさり断られた、男同士なんて御免だと。その後、彼はここで死を遂げた。関係性がないわしには口を出す権利がない。

 デジルは愛人候補だったから返事をもらうまでいつまでも措置を受けられる」


 候補という中途半端がずっと許されるのか。

 この人たちずっと死なせてもらえないんだよな。

 辛すぎる。

 

 だが冒険者ならプレイヤーかもしれない。

 そいつもやり直したはずだ。運の良いやつだ。

 NPCの可能性もあるがどっちでもいい。

 でもいつまでも、ここにいるのはマジでつまらないし。

 これで良かったんだ。


「この剣なんだけどお返しします」


「気にしなくていいんだ。それに贈答品を返してもらったら罰が増えるから納めてくれないか。べつに捨ててもいいんだ。だから返すなんて言わんでくれ」


 言葉が喉に詰まる。

 こんな悲しすぎる街は俺には耐えられないよ。

 ドロップアウトしか選択の余地はないぞ。


 俺は武器屋のおっちゃんに別れを告げた。


 そして街を出た。

 もう一度死ぬために。

 死んでやり直すためにだ。


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