06 意外な相談
もう一人の客も「また明日来る」といい、帰っていった。
「値上がりしたが金は用意できそうか?」店主に尋ねられた俺は首を横に振った。
明日になれば貴族と競り合うのだから強盗にでも入らねば勝ち目はない。
いまの俺では明日までに例の剣の金策は到底無理だと知った武器屋の店主。
乗り掛かった舟とばかりに俺に提案があるという。
「なぁデジル。わしの愛人にならんか? そうすれば武器はこれからもタダで手に入れられるぞ」
「ひぃぃっ!! なんなの突然……?」
人を驚かすのが趣味なのか。
そんなことをして地位と財力のある者を敵に回したらどうするんだ。
「な、なぜ愛人なんですか? 養子とかじゃ駄目なんですか」
俺のゲームライフにはどっちの選択肢もないんだが。
「デジルは国の定めた法を知らないのか?」
「え、知りませんけど。なにか?」
「息子を溺愛していた客も、贈答を決めた客も実は国の法に従わなければいけないだけの人たちなのだ」
「それは……?」
いったいどういうことなのだ。
突然なにを言い出すんだ。
「愛する子息は2人いらした。過去にご長男を強い剣士に育てるために厳しく躾をしすぎて死なせてしまわれたのだ……」
先に店を出て行った男性客のことだな。
スパルタってやつか。
死なせたら教育とは呼べない。
ほぼ虐待じゃね?
死にいたらしめるほど厳しく育てる意味がわからん。
いつ頃の話をしているのだ。
「その長男さんが死んだのはいつのお話?」
「8年前だ。今のお子はご次男。教育と躾を楯に虐待や家庭内暴力があったと罪状が発覚した。すでに審判が下っている」
やっぱり虐待だったか。
「昔は貴族のことは罪に問えず罰も与えられなかった」
「近年、制度が変わったの?」
「そうだ。差別を堂々と訴えられる時代が到来したのだ」
なにこのネガティブストーリーは?
もっとポップなファンタジー感をくれ。
「死に至らしめた判決が下ったわりには刑期が短くないですか?」
「終わっとらんよ……」
「え?」
話が見えんぞ。
街の中を自由に歩き回って買い物をしているじゃないか。
お金もいっぱい持ってるみたいだし。
仮釈放かなんかか。
「贈答の客も貴族でな。だが彼のほうは少女を不注意で死なせてしまわれた」
「そちらもですか……」
「彼らの刑はいまも執行中だよ。同様の年齢、性別の者に愛情を注ぎ続けることこそが課せられた償いなのだ」
「罪を犯したら、子育て未熟者と見なされて……もう一度させられる感じ?」
「そうだ。それを課せられるのだ」
だから剣の師匠の娘を借りて贈り物をするのだな。
ヘンテコな法が施行されたんだな。
だがそのことと俺がこのおっちゃんの愛人になることにどう繋がる。
「俺はなぜおっちゃんの愛人に選ばれるの? もちろん武器はほしいけど」
「それは……わしもだから」
「なにが?」
「デジルのような年頃の冒険者志望の娘の夢を反対し続けた。わしの理解を得られず娘は結果的に行方知れずになってしまった……」
「…………な、なるほど」
武器屋のおやじもかよ!
俺はおっちゃんの罪滅ぼしの道具か。
やだ。
ゲームだけどやだよ、そんなの。
「そのお話を俺が受け入れると、俺はこの街にどれぐらい滞在するの?」
「うん? 滞在……ああ法を知らぬのだったな」
は?
あんたが疑問符を俺に投げかけるなよ。
聞いているのはこっちなんだから。
「デジルも運がなかったの。残念ながら滞在期間など存在しておらんよ」
「それじゃ、刑はいつ終わるの?」
「死ぬまで続くんだよ……」
「へっ? おじさんたちの刑罰ってもしかして終身刑だったりしますか?」
武器屋のおやじは無言になり一度俺の目を見つめる。
そして静かにまぶたを閉じると首を横に振る。
終身刑じゃないのか?
でも死ぬまで終わらない刑罰って、なに。
やっぱり終身刑しか思い浮かばない。
なんだかすこし怖くなってきたんだが。
「どういうこと?」
「デジル。君がどうしてここに流れて来たのかは知らんしそれをわしは問わないさ。だが──」
なんの話なんだよ。
流れて来たって。
冒険者じゃんかよ。
来るやつは来るだろ。
「この『スカの街』と辺り一帯を含んだエリアは監獄だからな!」
「か、監獄? 俺、なんも犯してないんだけど……」
「外から何かの任務で来たんじゃないのか? 罪人じゃないのは話をしていれば分かるさ」
俺はおやじの問いかけに首を横に振り、大否定した。
おやじが首を傾げた。
だって俺はこの街で剣士になったんだよ。
続けて彼は俺にこういった。
ここが何処かも知らずに来たというのか。
用もなく知らずに。
それは若さのせいか、運命のいたずらかと。
「そんなレベルでここから脱することは容易ではない。わしがしてやれることがあるとすれば罪滅ぼしとして君を受け容れ、尽くすこと。そうすれば他者は一切口出しはできぬよ」
「他者ってこの街にいる人たちのこと? さっきの貴族も含んでるの?」
「そうだ。わしは武器屋だから仕入れたものは君に最優先で贈答できる。それに君を辱めたり束縛したりする気はない。愛したのは娘だからな。どうだろうかこの際だから愛人になってくれぬか」
「いやそこ気になってるんだけど、家族じゃ駄目なの?」
「わしが失くした娘は愛人だったからだよ」
もう。
返す言葉が出ねぇよ。
嫁がいるうえでのことね。
最悪だな、このおっちゃん。
単なる不倫じゃねぇかよ!
フラれただけだろ。
娘の意味がちがうのな。
紛らわしいな、実の娘じゃなくよその若い娘かよ。
とはいっても、この分だとこれから行く飯屋もヤバそうだな。
全員囚人で、収容されているわけだろ。
『スカの街』。
名前からして外れとったんか。
くっそー。
おっさんの愛人イベントなんかやってらんねぇ。
ここは自爆で「ゲームオーバー」するしかないだろ。
それで再度この街を引いたら速攻でやり直しだ。
ここは完全に外れだ。
他のプレイヤーは居なさそうだ。
居たら、武器屋が首を傾げることはない。
冒険野郎どもが知らない町に来て、武器屋をたずねて来ないはずはない。
「もうすこし考えさせてくれ。頭が混乱して来た」
「ああいいとも。あ、そうだデジル。話を聞いてくれたお礼に「あの剣」はプレゼントさせてくれ。街を抜けるにしても丸腰よりかマシだろう。ほんの少しでもデジルを支援したいんだ」
償い続ける囚人の街が『スカの街』であり監獄だったとはな。
武器屋とか防具屋とかが協力しあっても脱獄不能なのが監獄だ。
それが死ぬまで続くとか生き地獄だな。
あの剣を手渡された。
「いいの? あの人に売れば儲けられるよ」
贈答が許されるのは、話をして断られていない相手だけだと。
細々と語ってくれた。
「君はまだ結論を出さずに考えたいといってくれた。保留の状態だ」
「受け取った途端、自動契約とかじゃないんだよね?」
「その心配はいならいよ。騙したりすれば罪が増えるからね」
その目は澄んでいて、穏やかであった。
この贈答が愛人の話を受けたという解釈ではないことは確認した。
それならよい。
考えるまでもないが突き放した言い方をすれば何をされるか分からない。
はっきりいって、ここは恐ろしい場所のようだ。
捕まったりしたら自死できないかもしれないからな。
ゲームに自死なんて仕様がないだろうし。
そう思ったから言葉を和らげて伝えたのだ。
その隙に外に逃げだして魔物に殺されてやり直そうかと。
どの道そうするつもりだが。
おやじらは罪人だがこれはゲームだし、プレゼントは拒否する必要はないか。
要らぬなら使わねばよいだけだ。
それでさよならだ。
二度と戻って来るかこんな所。