04 宿屋は悪くないが
スカの街に戻った。
『INN』の看板を見つけて宿屋に入って行くと。
受付カウンターの向こうに若いボーイが一人いた。
人間が統治する国の街だから店屋はほぼ人間だ。
店番だな。
いま元気な声で「いらっしゃい」と言ったもんな。
「戦闘で傷ついた体力を回復したいのだが全回復まで値はいくらだ?」
率直に必要事項だけを尋ねた。
ボーイは「その分だと冒険初心者ですね」と返答をした。
先ほど向かいの酒場で登録を済ませ剣士になり、初戦闘で傷を負った。
宿屋の利用も初めてだ。
そう答え直すと、俺に宿に関するパンフレットを見せて来た。
「当宿の宿泊費はお一人様あたり80Gになります」
おお。それで全回復はできるし、一夜を過ごす必要もない。
80GでHPMP全回復ができることは確認ができた。
「なら回復を頼む」
80Gなら手元にある。
俺は所持金の提示をし、宿の利用を希望した。
これでスライムに再戦してレベルあげを繰り返すしかない。
RPGの序盤はいつもそうだ。
「お客様、申し訳ありませんがあなた様は現段階で当宿をご利用になれません」
「な、なぜだ?」
聞き捨てならない言葉が突き返された。
思わず声を漏らしてしまった。
「当宿の利用条件を満たしておられません……」
「その条件とはなんだ? まさかレベル不足か、それともクエストか」
「恐れ入りますが、レベルが足りないなどの理由ではないのです。ただの旅人や観光客もご利用になられますので」
おいおい!
待ってくれ、お使いクエストの受注ですらないというのか。
こんな最序盤に他に何があるというのだ。
いったいどこで傷を癒せというのだ。
「理由はなんだ? 教えてくれ!」
「ここは物売りの他店とは違い、宿泊施設ですのでお荷物を預かります」
「うむ、なるほど」
「そのため盗難が起きた場合に警備隊に被害の報告と捜査をお願いします」
「ああ、そういう仕様なのか。なるほど」
「そのサポートの為のお代を先に預からせて頂いております」
はあ?
そういうことね。
俺の現在の所持金は100Gだ。
それはすでに見られたからな。
盗難の際に店の信頼を落とさない為にサポートを万全にしたいわけだ。
だが同時にその代金は客持ちになる。
「で、預け金はいくらだ?」
「初心者様に大変申し上げづらいのですが、1000Gになります」
「はあ? なんでそんなにかかるのよ?」
ボーイは差し出したパンフレットを指差して警備隊の項目を解説した。
これには国の法で定められているようだ。
事件の解決に際して戦闘が必要な場合、プロの介入が必須。
犯人だといっても殺すわけにはいかない。
冒険者同士なら恨みが強くそこまでに発展しかねない。
結局、兵士の出番となりその出動要請には税をかけねばならない。
要するに捜査員の出動時に税が徴収されますと。
1000Gなど、善処されている方でなにも高額ではないのだと。
宿を利用する度に余分に1000G持ち合わせていなければならない。
そういうルールで街の商業と治安が成り立っているのだというのだ。
「お客様は旅の方ですよね?」
「まあ旅をして来たのかなぁ……」
よそからやって来たというのが俺の初期設定なのだろうか。
よく知らんが、「街の入り口に湧いてきました」とは言えんしな。
旅人かどうかが何か重要なのか?
「それがどうしたんだ?」
「それでしたらもっと小規模の町や村もあったでしょうに。そちらで登録を済ませて稼いでから来られるのが中規模のスカの街でございますのに……」
彼は俺になにか特別な事情があるのかと疑問符を投げかける。
だが、この宿屋のボーイの助言でやっと理解できたことがあった。
俺が勝手に最序盤の街だと思い込んでいただけだった。
もっと小規模があったのだな。
やけに周辺のスライムが強いわけだ。
そういやNPC女神がなんか言っていたな。
冒険開始後、どこかの街に適当にいると。
新たな冒険に胸が躍りすぎてすっかり忘れていたわ。
おいマテ、大規模の街だったらどうなっていたんだ。
『最初から』の使用回数が無限なのはそれか。
だがそれなら次はどこに出るか知れたものではない。
ゲームとしては面白い。
出発地点がランダムというところが斬新ではないか。
運ゲーの要素がオンラインの序盤に採用されているとは意表をつかれたわ。
宿屋は悪くないのだ。
ゲームの仕様だ。
最初は金がなかなか貯まらない、それがロープレなのだ。
きっとそれだけはどこから始まろうと同じだろうな。
出発地点をやり直すのには「ゲームオーバー」になる必要があったな。
ここでやり直すなら、つまり自死が必要。
やるのであれば早い方が良いかもしれん。
レベルがあがると体力増え過ぎで死にづらいとか逆に面倒だし。
運良く小規模のイメージ通りの「最初の村」的な場所に行けても恐らく買える物のラインナップがショボいというパターンを否定できないのを俺は知っている。
いまよりヌルい魔物だったとしても取得ゴールドが下がるはずだ。
経験値も1の予感がムンムンしてくるわ。
さらに魔物の湧きが悪くて時間の無駄遣いが増える予感しかない。
平成ゲーマーを舐めんじゃねぇわよ!
せっかくなので様子見で行けるとこまで行き世界のことを知っておくのが得策かもしれない。
金が尽きたとき宿の利用ができない。
だがアイテムを貯め込んでおけば売買で換金できるだろう。
いまは何もないが。
「尋ねるが、ほかに回復方法はないのか?」
「ございますけどお金がいくらかかかります」
「どんなものだ?」
「お食事処で飲食をされれば良いかと思います」
「その方法でも回復するなら宿の商売あがったりだな」
「お客様のレベルですと食事でも充分ですが強者になると宿が早いのです」
なるほど、そうか。
ここに長居は無用だ。
「世話になったな」
「どうぞお気をつけて!」
宿のボーイに後ろ手を振り、外に出た。
そうと判れば飯屋はあとだ。
さきに武器屋に顔を出して置きたい。
あのロングソードが値上がりしていないか気になるところだ。