05.まさかまさかの旅立ちです(完)
こうして、魔族アリエールの襲撃を退けたわけですが。
リリアンと私は、そのまま懲罰房に閉じ込められてしまいました。臙脂色のシスター服も取り上げられ、世間で一般的な町娘の服に着替えさせられました。
なんでですか!? 私になにか悪いことしましたか!?
弁護士を呼んでくださーい!
「ま、しょーがないんじゃない?」
オロオロしている私とは対象的に、リリアンは落ち着き払っています。
ちなみにリリアンも町娘の格好ですが――むむ、同じ服なのに素材がいいとこうも違うんですか。コンチクショウ。
「私は教堂が認めない邪神の巫女。あんたは聖堂騎士すら退ける悪霊憑き。隔離されるのは当然ね」
「アーノルド卿のことは、大聖女さま最初から知ってましたよぉ!」
「あ、そうなの?」
文句言われるかなと思いましたが、ふーん、て感じでそっけないリリアン。
「まあ、そりゃそうか。大聖女様が気づいてないわけないか」
「そ、そうですよぉ! 大聖女さま公認なんですよぉ!」
「だとしたら余計マズイかもね。大聖女様を守るため、あんたを犠牲にするんじゃない?」
犠牲って――もしかして私、首ちょんパされちゃうんですか?
やだぁぁぁぁっ!
「落ち着きなさい。大聖女様が回復するまで処分は保留だと思うから」
リリアンは次期聖女と言われる幹部候補、私は大聖女の側仕え。そんな二人ですから、処分には大聖女の裁可が必要なるはず、とのこと。
「じゃあ、大聖女さまが復活すれば、許してもらえるんですよね?」
「んー、どうかな。いくら大聖女様でも、さすがに厳しいんじゃない?」
わあん、やっぱり私、首ちょんパされちゃうんだぁ!
やだぁぁぁぁっ!
「あーもう、うるさい! 落ち着きなさい、ての!」
「大聖女クロー」ならぬ「姉シスタークロー」を喰らいました。
いたい、いたいです! 「大聖女クロー」にも負けない威力じゃないですか。タスケテー!
「ちょっとは考えなさい。邪神の巫女と悪霊憑き。教堂の敵ともいえる私達が、どうして同じ部屋に閉じ込められてると思ってるの?」
「え、それは……監視しやすいから?」
「んなわけないでしょ」
え、違うんですか?
じゃ、なんでですか?
「決まってるじゃない。二人で逃げろ、てことよ」
「は?」
「大聖女様がなんとかするまで逃げろ、てこと。ま、そうでなくても私は逃げるけどね」
こんなところで終わってたまるか、ての。
そう言ってバキボキと拳を鳴らすリリアン。
え、ちょっと、あなたほんとにリリアンですか? 実は中身が魔族と入れ替わってたりしませんよね?
「んなわけないでしょ。私が魔族ごときに遅れを取ると思ってるの?」
あ、はい。なさそうですね。
てゆーか。よく考えたらこれがリリアンの素だと思います。全く違和感ありません。それもどうかと思いますけど。
「とはいえ、私って聖堂暮らし長いから、世間知らずなのよね。一人で逃げたらすぐに行き詰まっちゃいそう」
だ・か・ら、と。
リリアンが満面の笑みを浮かべて、私の襟首をつかみます。
「あんたには一緒に来てもらうから。返答は、イエス以外は認めない。おーけー?」
「い、いぇす……まむ」
ずずい、と笑顔ですごまれて。
私はうなずくしかありませんでした。
◇ ◇ ◇
リリアンに命じられ、私はアーノルド卿を呼び出しました。
『承知』
アーノルド卿もわかっていたようで。私たちの頼みをニヤリと笑って承諾してくれました。
残念ながらデッキブラシは手元にありませんでした。教堂に没収されちゃったみたいです。いったんお別れとなりますが、きっとまた会えますよね。
『では、参りますぞ!』
マッスル・パンチで扉を破壊して懲罰房を脱出。
監視役の聖堂騎士がいましたが、アーノルド卿を見ると「わー、これはかなわない」と棒読みセリフを残して応援を呼びに行ってしまいました。
なぜか無人の大聖堂内をひた走り、西側廊下の奥へと到着。
『許可なく立入禁止!』
『導師以上の者が同伴で入ること!』
そんな張り紙がされている扉を開き、地下水道へ。懐かしいなー、ここ、大聖堂に来た初日にリリアンに連れられて来たんですよね。
「急ぎなさい、ハヅキ!」
「待ってくださいよぉ!」
長い階段を駆け下り、そのまま地下水道をひた走ります。
死霊を駆逐しながらアーノルド卿と二人で駆け抜けた地下水道を、今度はリリアンと一緒に駆けることになるとは。人生って不思議ですね。
「抜けたー!」
なぜか出口を塞いでいた金網はなくなっていて、私達は難なく地下水道を突破しました。
「追っ手もなければ、待ち伏せもなし。やっぱり逃げろ、てことみたいね」
「すんなり行き過ぎて、かえって怖いんですけど」
「今考えても仕方ないっての」
ま、それもそうですね。
「わぁ、素敵な場所ね!」
明るく輝く太陽に、澄んだ青い空、さわやかな風が吹く緑の大地。
まさに自由という名にふさわしい光景を見て、リリアンが明るく笑います。
この人のこんな顔、初めて見たかも知れません。美人の笑顔、いいものですね。
「楽しそうですね」
「そうね……うん、楽しい」
リリアンにまつわる諸々の問題、解決したわけではありません。むしろ逃げ出したことで悪化したでしょう。それなのに、リリアンは楽しいと思っているようです。なんででしょうね。
「んー、なんかさ。シスター服じゃなくてこの普通の服を渡されたときに……あ、もういいかな、て思っちゃったんだよね」
神の救いを求めてシスターになったリリアンですが。
いつの間にかそれがリリアンを縛る枷になっていたのでしょうか。もしかしたらですけど、大聖女様はそれを見抜いていて、一度教堂から離れさせたのかも知れません。
「シスター、やめるんですか?」
「さあ、どうしようかな。ちょっと時間かけて考えるよ」
「そうですか」
こんなにシスターに向いてる人が辞めるなんて、教堂には損失でしかないでしょうけど。
リリアンの人生ですからね、リリアンがちゃんと考えて、結論を出すべきでしょう。
「あんたにも……色々迷惑かけたね。ごめんなさい」
「は?」
突然の謝罪。驚きすぎて、お目々パチクリです。
「だから、色々悪かった、てば。許してほしいなんて図々しいかもしれないけど……許してもらえると嬉しい」
照れくさそうな顔で、真っ直ぐ私を見つめるリリアン。
こういうとき、この人は目をそらさないんですよね。ほんと、たいした人だなと思います。
「なんとも思ってませんよ。きっちり報復済ですから」
「そういやそうね」
なんだか遠い目になったリリアンですが。
ぷっ、と吹き出し、声を上げて笑い始めました。いきなり笑い始めてびっくりしましたが、気がついたら私も笑っていました。
「さーてと」
ひとしきり笑った後、リリアンが気持ちを切り替えるようにほおを叩きました。
「ここで立ち止まっていても仕方ないし。行こうか」
「でも、どこに行くんですか?」
「実はもう決めてるのよね」
リリアンが楽しそうにウィンクします。
わお、美人のウィンク、破壊力がすごいです。
「どこですか?」
「あんたの故郷よ」
えっ――私の故郷ですか!?
「なんでですか? 行っても何もないですよ?」
「あんたみたいなぶっ飛んだやつが生まれ育ったところを、見てみたいと思っただけよ」
「ぶっ飛んだやつって……リリアンさんが言いますか?」
「あはは」
明るく笑うリリアン。なんていうか、本当に楽しそうです。
「ま、いいじゃない。どうせ行くあてないんだし」
「言っときますけど、遠いですからね? 二日や三日で着く場所じゃないですからね? 覚悟してくださいよ?」
路銀ないから歩きですし、途中で路銀稼ぐ必要があるし。それを考えたら数か月――下手すると年単位の旅になりそうです。
「りょーかい。まあなんとかなるでしょ。八年前のあんたは一人で来たんだし」
「そうですけど……」
今思うと、よく生きてたどり着きましたよね。
当時私は十歳ですよね。はて、どうやって王都まで来たんでしょうか。よく覚えていません。
「わかりました。では行きましょうか、私の故郷に」
二度と帰ることはないと思ってましたが――まさかこんな形で向かうことになるとは。
ほんと、人生って不思議ですね。
「そういえばあんたの故郷、どこだっけ?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「興味なかったから、聞いたことないし」
ひどい言いようですね。まあいいですけど。
「ここからずっと西にある、ド田舎の小さな村ですよ」
「ふうん。じゃ、まずは街道へ出て、それから西に向かう感じ?」
「そうですね」
女二人です、裏道や山道はできるだけ避けたほうがいいでしょうね。
まあ、悪霊のお供つきですし、大抵の人には負ける気がしませんが。
「じゃ……行こうか、ハヅキ!」
「はい行きましょう、リリアンさん!」
リリアンが笑顔を浮かべ、私も笑顔を返し。
少し長くなる、旅の最初の一歩を踏み出しました。
というわけで。
八年ぶりに、わが故郷へ。
古の王国があった場所――ゴンダーラに向けて、出発です!