04.絶体絶命、ピンチです
真っ赤な光がリリアンを包み、吸い込まれるように消えました。
びくんっ、とリリアンの体が震え、ゆっくりと目を開くと。
「あ……ぐ……ああーっ!」
雄叫びを上げ、凄まじい力を放ち始めました。
『ヤバッ! アーノルドくん、その子から離れて!』
デッキブラシが切羽詰まった声で叫びました。
話せることは秘密と言っていたのに、これでバレてしまいましたね。どうやら緊急事態のようです。
『承知!』
ヤバイと感じたのでしょう。アーノルド卿はすぐさまリリアンから離れました。
リリアンがゆらりと立ち上がります。聖堂騎士の皆様が剣を取り、リリアンの前に出ようとしましたが、それをデッキブラシが制しました。
『聖堂騎士も下がりなさい! あなた達じゃ邪神とは戦えない! 取り込まれるだけよ!』
「なんだと?」
「我らでは戦えぬというのか!?」
『能力の問題じゃない、相性の問題なの! 魔族相手に通じる力でも、邪神には通じないの! まともに戦えるのは、ハヅキちゃんか大聖女だけよ!』
「くっ……そういうことなら仕方ない……」
悔しそうに、しかしすばやく距離を取る聖堂騎士の皆様。さすがですね、この事態に冷静さを失っていません。
「頼んだぞ、ハヅキ」
え?
あれ、その――つまり、ということは――。
『ハヅキちゃん、構えて! 邪神が出てくるよ!』
「え、ええっ! 私ですか!?」
『大聖女は疲労困憊、ならあんたしか戦えないでしょ! とことんやってやる、て言ってたでしょ!』
リリアンがこちらに向き直りました。
全身からクソヤバそうな雰囲気を放っています。黒い煙のようなものがリリアンの周りに次々と現れて増えていきます。
『わーお、団体様のお着きだぁ』
「団体様って……あれ全部が邪神ですか!?」
『そうよ』
「邪神て、いったい何人いるんですか?」
『チッチッチッ。ハヅキちゃん、神様の単位は『人』じゃなくて『柱』よ』
あ、そうでしたね――て、そういうのは後でいいですってば!
で、けっきょく何柱いるんですか!?
『んーと、八百万だから……八百万?』
「そんなの無理ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
八百万、てなんですかその数は! 神様は一人――あ、いや、一柱だけて、教えられましたけど!
『まあ、文化の違い、ていうか、神様の解釈違い的な?』
「そんな軽いノリで言わないでくださいよぉぉぉぉ!」
なんて言っている間に、うじゃうじゃと邪神が呼び出されたようで。
無理、これって絶対無理ですよぉ!
「あははは! さあ邪神の巫女よ、大聖女もろとも、世界をその憎しみで燃やしちゃいな!」
アリエールが勝ち誇って高笑いしました。
その高笑いに答えるように――うつむいていたリリアンが顔を上げ、ギンッ、とにらみつけてきます。
「ハヅキ……」
怖い。マジ怖い。
でも――ここで逃げるわけにはいきません。リリアンが世界を燃やすというのなら、私がそれを止めてみせます。だって私は――この人の「妹」なのですから。
「やらせませんよ、リリアンさん」
私はデッキブラシを構えました。
「ははは、さすがは大聖女の側仕えだねえ! 大聖女を守ってみせる、てか? リリアン、こいつお前をやっつける気よ! 返り討ちにしちゃいなよ!」
アリエール、ここぞとばかりにリリアンを煽り始めました。
「忌々しかったんだろ? 妬ましかったんだろ? その女が、お前がいるはずの場所を奪ったんだぞ!」
リリアンの体がぶるぶると震えました。
怒りでしょうか、憎しみでしょうか。そんなに震えるほど私のことが――て、あれ、ちょっと。体に巻いた布が落ちそうですよ? あの下、何も着てないんですよね? リリアン、乙女のピンチですよ! とりあえず布を巻き直して!
「ハ……ヅキ……」
リリアンの力がさらに増します。
そして体の布が――ああ、だめです、もう落ちる、乙女の裸がさらされてしまう!
きゃーっ、落ちたー!
――と思ったら。
呼び出された邪神が素早くリリアンの体を隠してくれました。
邪神さん、グッジョブ!
でもわりと露出多め。かえってエロい感じかも。こらこら聖堂騎士の皆様、あまり見ちゃだめですよ!
「さあ、リリアン!」
アリエールが私を指さしました。
しまった、布が落ちそうなのに気を取られてないで、さっさと攻撃すればよかった!
「まずはそのシスターを燃やして、積年の恨みを晴らしちまいな! 今のお前なら一撃で……」
「ごちゃごちゃと……」
アリエールの言葉が終わるか否か、というところで。
「うるさいのよ、このクソ魔族がぁぁぁぁぁぁっ!」
リリアン、一喝!
ビリビリと空気が震えました。
その凄まじい迫力に、私は思わず「ひっ!?」と悲鳴を上げてしまいました。
私だけではありません。アーノルド卿や聖堂騎士の皆様、団長様や大聖女様もびっくりして言葉を失っています。あの団長様をビビらせるなんて、ちょっとすごいです。
『ビ……ビビったぁー』
デッキブラシもみたいですね。
そして怒鳴られた張本人、魔族のアリエールはというと――さきほどまでの威勢はどこへやら、すっかりビビって顔面蒼白です。
「な、な……」
「べらべら喋ってくれてありがとう。ぜーんぶ聞こえてたから。よくもまあ、人のことを弄んでくれたね」
「なんで、どうして! 私が操ってたはずよ!」
「あんたの話聞いて頭にきたから、ぶち破ってやったのよ」
なんと。
魔族の支配を怒りで跳ね返してしまったようです。さすがというかなんというか。次期聖女なんて言われるだけあって、この人も規格外ですね。
「さぁて、どうしてくれようか」
ダンダンダン、ダダ、ダン、ダダダーン♪
ダンダンダン、ダダ、ダン、ダダダーン♪
暗黒騎士のテーマソングが聞こえてきたのは気のせいでしょうか。シュコー、シュコー、とお怒りの呼吸も聞こえてくる気がします。
「あーそうですか、私は脆いですか。ええそうね、認めるわ。あんたのことをママだと信じてやらかしたのは、まぎれもない事実だものね」
一歩一歩、ゆっくりとアリエールに近づくリリアン。
世界に向けて放つはずの憎しみが、たった一人に集中します。にらみつけられたアリエール、腰砕けになってへたり込んでしまいました。
アリエール、ガクブルです。真っ青な顔をしてポロポロ涙こぼしてます。
わかります。よーくわかります。ブチ切れたリリアン、マジで怖いんですよね。
「とりあえず……あんた燃やしてやるから。覚悟なさい」
リリアンの右手が光り始めました。
凄まじい力を感じます。火とか炎とか、そんな生易しいものではありません。太陽が燃えている原理があの手の中で再現しているような、そんな気がします。
まともに食らったら、一瞬で蒸発するんじゃないでしょうか。
「手加減、容赦、一切なしよ。地獄送りなんてナマヌルイ。今ここで地獄を味わわせてやるからね」
シスターとしてどうかと思われる発言と、本気の殺意。
そのコンボがもたらす恐怖に耐えきれなくなったのか。
「ひっ……ひっ……いやぁぁぁぁぁっ!」
アリエールは泣きわめき、転がるようにして大聖女様のところへ行くと。
「助けて、助けてください、大聖女様ぁ! 何でも話しますからぁ!」
魔族のプライドをかなぐり捨てて、神の使徒たる大聖女に救いを求めたのでした。