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前編

息子、家族目線での話

 暦の上では秋とはいえ、今朝は冬が来たかと思うほど冷え込んでいた。


 明日からは例年どおりの気温に戻るらしい。

 実家に帰るのは天気予報を信じて明日にすればよかった。

 でも、みんなには今日帰るって言ったからなあ。


 僕は布団の中で3、2、1……とカウントしながら思い切って飛び出した。


 こっちの大学に受かって一人暮らしを始めてから半年しかたってないのに、なんだか両親と姉さんに会うのはずいぶん久しぶりに思える。



 見慣れていたはずの町の風景は、たった半年なのにどこか違った雰囲気に感じる。

 いや、僕があっちの町に慣れただけかも知れない。


 だけど実家は出てきた時と変わらずに、そこにたたずんでた。


「ただいま」

「あ、おかえり。連絡してくれれば駅まで迎えに行ったのに」

 母さんは、半年ぶりの息子のことなんてどうでもいいように笑う。


「どうだ一人暮らしは? 気楽でいいだろ?」

「ん。まあね」

 父さんは楽しそうにお茶をすする。


「向こうで知り合った彼女とか部屋に連れ込んでるんじゃないの?」

「そんなヒマないよ。それに僕にはちゃんと……」

「はいはい。分かってるわよ。あんたのことは筒抜けなんだから」

「あいつ、姉さんに話してるのか!?」

「あ~やっぱり変わんないわねえ。カマのかけがいがないわ」


 うわっ!! やられた。

 なんだ。

 たかが半年なんて、僕の家族には何てことない時間なんだ。

「ちょっと疲れたから部屋で休んでくるよ」

「もう物置になってるからテキトーに片付けてね」

「えぇっ!? ひどっ!!」


 そう言われたけど、部屋は僕が出て行った時と変わらない。

 机にホコリがたまってないのは、時々掃除までしてくれてるんだろう。


 懐かしいベッドに体をうずめると、安心感と疲れがドッと出たのか、すぐに睡魔に襲われた。

 ……目が覚めたのは、夕方になってから。朝よりもいくぶん寒さは和らいだもののまだ寒い。

 ふと見ると部屋の窓が開いる。おかしいな、ちゃんと閉めたはずなのに。

 閉めようと机に手を置くと、ヒンヤリした平べったいものに触れた。

 明かりを付けて正体を確かめると、1枚の葉っぱがあった。

 なんだろう、母さんが置いたのかな?


 気にせず美味しそうな匂いがするキッチンへと向かうことにする。

 今晩は久しぶりに家族で楽しい団らんができるんだ。

 このありがたさが分かるのも、一人暮らしのおかげかな……。


 軽くビールも入って学校での生活なんかを話してるうちに、さっきの葉っぱのことを思い出した。

「ところで机の上に置いてあった葉っぱって何なの?」

「葉っぱ? 知らないわよ」

「母さんじゃないの? じゃあ父さん? それとも姉さん?」

 だけど、誰も葉っぱのことは知らないという。

 それならどこからか飛んで来た葉っぱが、偶然、窓から入り込んだんだろう。


「これドングリの葉っぱじゃないか」

 部屋から持ってきた葉っぱを見て、父さんが言った。

「あれ? この近くにドングリの木なんてあったか? 確かおまえが通ってた保育園の近くの山には、たくさん生えていたようだけど」

 首をかしげる父さんを見ながら、母さんは何かを思い出したように声を弾ませる。

「そうそう! あんたが小さかったころのこと覚えてる?

 ある日『ボスの家に行ったの』って言って、話してくれたこと」

 それは、僕が4歳の時に保育所から散歩に行った先で『ボス』という謎の生き物に出会ったという話だった。

「覚えてないよ。だいたい、ボスって何? どうして今そのことを?」

 僕が尋ねると、母さんはあきれた顔をしながら説明してくれた。

 僕がボスのことを言い始めたのは、冬が近づく秋口のちょうど今時分。

 最初の説明は、『ボスは山に住んでいて、砂を食べる』だったそうだ。

『ボス猿のこと?』と母さんが聞くと『違う! ボス! ボスだよ』とボスを強調したという。

 他にも『散歩に行ったら、ボスのプールがあった』。その時は『ボスには会わなかったけど、赤ちゃんを見た』と。

 父さんが『ボスの赤ちゃん、何色だった?』と質問をしたのに、僕はニヤリと笑うだけだったらしい。

「そんなの覚えてないよ!」

 僕が答えると、母さんは「……ドングリの木なんだけどね」と、ニヤリと笑った。


 ある日、ドライブしていると、僕がドングリの木を指さして『あっ! ボスの家がある山と同じ木がある!』と叫び、母さんが『ボスって、ドングリ食べるの?』と聞くと、『ううん。ボスは、砂食べるの! ドングリは、遊び道具だし!』と言ったそうだ。

 父さんと一緒にボスに会おうとボスの山に登った時は、父さんが途中でバテて登れず、結局、会えなかったこともあるらしい。

「そう言うなよ。あの当時は運動不足だったんだ。

 今はいつでも登れるように鍛えてあるぞ」

「いや、その時がんばって欲しかったし」

 また『寒くなってきたけどボスは元気かな?』と聞かれたら『ん? ボスは、大丈夫だよ。風邪ひかないよ』と答えたことも……。

 ……いったい、どんな生き物だったんだろう?

 だけど次の年、ボスのいる山へ散歩に行った僕に母さんが『ボスいた?』と尋ねると、『もう、春だから、いなくなったの!!』と答え、しかも、春になるといなくなる理由は『内緒』のままボスの話は終り、以来、僕は今までずっと忘れていた。

 ボスが一体なんなのかスゴく気になったけど、僕自身まったく覚えてない。


「じゃあ、明日はボスの山へ登ってみましょうか?」

 母さんの提案に、父さんが賛成し、僕もなんとなくついて行くことになった。

 ……って、自分が言い出したことだけに、行かないわけにいかない。

 姉さんは、僕たちが行くなら仕方ないわねえと、あきれながら賛成する。

 まあ、明日は暖かくなるそうだし、家族で軽いハイキングだと思うと少し楽しみだ。

 それでボスの正体が分かるきっかけでも見つけられたら面白い。


「お前たち、早く登って来いよ!」

 先頭で父さんがみんなを急かす。

「もう~あなたハリキリすぎ」

「鍛えてるのは分かってるからさあ」

 保育園から小学校の時以来、久しぶりに登った山は思っていたほど楽じゃなかった。

 なるほど。父さんがバテたのはよく分かる。


 ふもとは暖かかったけど、頂上付近まで登ってみると少し肌寒い。

 だけど、ボスの手がかりになるようなものは何もない。

「こっちに4人で休めそうな場所があるぞ!」

 父さんに呼びかけられて僕たちもそこへ向かうと、ちょっとした茂みをまたいだ先に、下草が生えた小さなスペースがあった。

「ボス、いないわねえ」

「そりゃあそうだよ」

 母さんに答えながら、僕はちょっと寂しくなった。

 山で遊んだことはよく覚えてる。だけど、ボスのことは覚えていない。

 ノリでここまで来たとはいえ、その不思議な生き物がなんだったのか分かればいいなと、期待していたのも事実だからだ。

「ほら、アレじゃないか?『となりのトトロ』。

 子供には見えて大人になったら見えなくなるってやつ。この山にもなんだか居そうじゃないか」


 父さんの言うことは一理あると思う。

 例え子供のころ特有の現実と想像がゴッチャになったものだったとしても、その時の僕には間違いなくリアルだったのだろう。

「だったらもう見えないなんてつまんない! ね、ホントに覚えてないの?」

 姉さんにつまらないって言われても……。

「でもホラ、いい眺めじゃない。

 温かいお茶持ってきたけど飲む?」

 母さんが用意してくれた水筒から注がれる熱々のお茶をすすると、肌寒かった体が温められる……ああ、ボスのことは分からなかったけど、来てよかったな。


 その時、ビュウッ! と冷たい風が吹いて、僕たちの頭上からハラハラと白いものが舞い降りてきた。

「うん? なんだコレは?」

「これ、雪よ」

「ほんとだ! 雪だ」

「だけど……温かいわ」

 みんなが空を見上げると、何かがハラリと手もとに落ちてくる。

 思わず受け止めて、たがいに顔を見合わせた。


「……葉っぱ?」

 僕たちは、部屋にあったあの葉っぱと同じ物を1枚ずつ手にしていた。

「あれ? なんだか葉っぱの白い部分、文字に見えない?」

 姉さんに言われてよく見ると、それぞれの葉っぱには文字のように見える白い部分がある。

 4人の葉を集めると、


『マ』

『タ』

『イ』

『ダ』


「またいだ? さっき、ちょっとした茂みをまたいだけど、何か悪いことしたのかな?」

「いや違う。これは『ただいま』だ!」

 分かったとたん、僕の中から自分でもよく分からない……ただただ、懐かしさと嬉しさ……そんな思いがわき上がって、涙がボロボロ出て止まらなくなった。

「ボスっていつもは寒いところに住んでいて、春になって暖かくなったらどこかに行ってしまうのかもね。

 昨日は冷え込んだから、あんたに会いに葉っぱを持ってうちに来たのよ」

 そうか。それなら春になってどこかに行ったって話もうなずける。

 子供の僕にはそれがうまく説明できなかったんだ。

「ボスは、子供のころのおまえみたいに、純粋で温かい心を感じてやって来るんじゃないか?」

 父さんが恥ずかしいことをサラッと言ったけど、自分で言ったことの意味に気づいてない。

 ボスが温かい心にひかれてやって来るというのなら、ボスは僕たち4人に『ただいま』って言ったんだ。

 家族みんなが温かい気持ちを持ってるってことじゃないか。


「おかえりボス!!」


 空に向かって叫ぶと、父さんと母さん、姉さんも叫んだ。

 ボスはボス!

 これからもボスが何なのか、分からなくてもそれでいい。

 僕たち家族にとって、不思議で大切な友達に変わりないんだ。

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