71.愛の話
その後アルフレッドは警邏隊に事情を話して、痛みに呻く半死半生のヘニングを引き渡した。
ヘニングのあまりの惨状に警邏隊の面々は驚いていたが、相手は魔術師団長だったのでアルフレッドも必死で戦ったのだと説明した。
その頃にはアキトがヘニングも一派の主要メンバーだったことを白状していたので、そのままヘニングは罪人として牢に入れられることが決まる。
罪人とはいえ命に危険があれば罪人用の救護室に連れて行かれてしまうので、何度も骨を砕いた後に何度も回復魔術を掛けて、最終的にはある程度は無事な状態にしておいた。それでも身動きすることは出来ないだろう。
アルフレッドの関与は誰にも言わないようにキツく口止めしておいたが、ヘニングがもし言ってしまっても構わない、と考えている。まあその時は、真っ先にヘニングの始末だけはつけよう、と決めていた。
長年思い煩っていた憂いが取れて、アルフレッドが満足して城に戻る頃には、もはや早朝、という時間帯になってしまっていた。
そのままギルの運ばれた救護室の前まで行くと、クラウドとアウローラが顰めっ面で待ち構えていた。
「ヘニング卿のことは聞きましたわ」
「一人で復讐なんて水臭いじゃないか」
聖女誘拐の騒動の際に彼らの中では唯一城に残り、宰相の補佐として情報の精査や指揮などに当たっていたクラウドが悔しそうに言う。
四角四面な堅物な男だが、ラヴィニアを幼馴染として大切にしていることは、仲間内ではよくよく知られているし、そのラヴィニアの娘でであるツバサが聖女として悪用されないように王城内で立ち回っているのも、クラウドなのだ。
そしてアウローラのラヴィニアへの行き過ぎた溺愛はもはや、言わずもがなである。
「……あの時、ラヴィがローザ・メイヤーに利用されるきっかけを作ったのは俺だから、一人でやりたかったんだよ」
情報としてはアルフレッドが逃亡したヘニングと交戦になり、捕縛した、とだけ伝わっている筈なのにこの二人はアルフレッドが私刑を行ったと確信しているらしい。
だからこそ二人に事情を話せば、絶対に自分達もやりたい、と言うのが目に見えていたので黙っていたのだ。
アルフレッドは五年前、ローザ・メイヤーに最初に声を掛けられた。ラヴィニアも誘うつもりだと聞いて、咄嗟にそれなら自分は彼女の研究に加担しない方がラヴィニアの先を行ける、と考えた。
当時アルフレッドは先輩魔術師からローザが他人の手柄を自分のものとしている、という噂をチラリと聞いたことがあり、ラヴィニアがローザに研究結果を横取りされれば、結果的にラヴィニアのライバルであるアルフレッドにとって有利だと、考えてしまったのだ。
後悔したのはそのすぐ後で、手をこまねいている内に事態は最悪の結末を迎えてしまう。
アルフレッドのライバルである魔術師は何もかも失って王城を去り、その時初めて自分はラヴィニアを愛しているのだと気付いた。
「うーん。愛ですわねぇ……」
「え? 今の、愛なのか?」
アウローラが少女のように頬に両手を当てて、うっとりと呟く。堅物のクラウドは今までそんなことは考えてみたこともなかったらしく、驚いてアルフレッドとアウローラの顔を順番に見て来た。
その様子が可笑しくて、アルフレッドは肩を震わせて笑う。
「愛だよ」
これを認めるのも、口にすることも、ようやく出来るようになった。
しかし自分で言っておきながら、アウローラがきょとん、と目を丸くするのも面白い。
「あら、認めるとは思いませんでしたわ」
「え? 愛なのか……」
「ラヴィとギルの邪魔をするつもりはないから。ラヴィが、もう何の憂いもなく幸せになって欲しいだけだし」
いついかなる時であろうともラヴィニアの幸せを最優先しているアウローラの表情に僅かに警戒の色が滲んだので、略奪愛の可能性はゼロだということをアルフレッドは言い添えた。
アルフレッドとて、ラヴィニアの幸せがギルと共にいることだということは、よく分かっている。
そしてそれを聞いてクラウドが叫んだ。
「まじで愛だな!?」
「クラウド、うるさいですわよ。そんなのずっと前から分かってたことじゃ有りませんの」
「え?」
「だって一人だけで名前じゃなく家名で呼ぶようにしたり、ライバルとしての居場所を頑なに守ったり。ちょっと偏屈な愛ですけれど」
「え!?」
「……激にぶ頭硬男は、ちょっとお黙りなさい」
「げきにぶあたまかたお。」
アウローラに散々罵られて、クラウドは口元に手を当てて固まってしまう。
私刑を行って復讐するつもりであることは隠していたが、五年前にジャック・コールが王城を去った後釜として、アキトに通じていたのがヘニングだということはアルフレッドからクラウドに話してあった。
ヘニングは、アルフレッドのサポートのおかげでアキトの王位簒奪計画に貢献していたが、手柄は全て自分のもの、としていたので実はアキトはアルフレッドの活躍を知らないのだ。
倉庫内で『裏切者はブライトン』とアキトが言ったのは、ラヴィニアを動揺させる為の苦し紛れの嘘だったが、半分ぐらいは当たってもいた。
つまりアルフレッドは、長年二重スパイのような状態にいたのだ。
「……さて。私はさすがに自分の屋敷に戻りますわ。お昼にはまたこちらに来る予定ですけれど、そろそろうちの可愛い子供達の顔を見ないと、寂しくなっちゃう」
アウローラは淑女らしからぬ仕草で大きく伸びをして、そう言った。それを見て、クラウドは時計を確認して溜息をつく。
「……俺はそろそろ事後処理の会議の時間だ」
「よく働きますわねぇ」
「性分だ。アルフ、ギル達を見舞うなら救護室内では静かにしろよ」
それぞれに別れの挨拶をして、彼らのほうこそ騒がしい二人がおのおのの居場所へと戻って行った。早朝の廊下には、アルフレッド一人が残る。
「……嵐みたいな奴らだな」
アルフレッドは、ずっとラヴィニアに対して複雑な思いを抱いて生きてきた。へニングは彼女のことを傲慢な魔女、と呼んだ。
それが事実なのだろう。生まれと才能に恵まれ、相応の努力をしたもののそれが着実に結果に繋がっていたのは、ただの幸運だ。
ラヴィニアはいつも持って生まれたものではなく、自分自身の努力で得たものを認められたがっていたが、その努力を出来る環境や結果を披露出来る場があること自体が恵まれている状態である。ラヴィニアが、ラヴィニアとして生まれた時から、彼女の生まれと実力は切って考えることの出来ない、ひとつのものなのだ。
アルフレッドは、平民の母子家庭で育った時にどれほど努力しても誰にも見てもらえなかった。そして男爵家に引き取られた瞬間からめきめきと頭角を現した、と認識されているが、アルフレッド自身は何も変わっていない。
変わったのは、アルフレッドを見る周りの目と環境だけだ。
だからへニングのコンプレックスも、アキトの野望の根幹も、アルフレッドにはぼんやりと分かるような気がするのだ。
だがそれはラヴィニアの罪ではない。
彼らが自分のエゴでラヴィニアを傷つけたり王位を狙ったのと同じ様に、アルフレッドも自分の気持ちの為に彼らを利用し、復讐を遂げたのだ。
「さて、行くか」
目の前には、救護室の扉。それを、そっとノックした。




