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魔女の凱旋  作者: 林檎
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7.夜の庭園での邂逅


「気が昂ってるわね……少し歩いてみようかな……」


 久しぶりの王城での夜に眠ることが出来ず、ラヴィニアはベッドを抜け出して寝室を出た。

 社交シーズンではないので、今夜客室棟を使っているのはラヴィニアとツバサだけのようで廊下はシンとしている。

 せっかく美しく整えられた庭園に出たのに他に見る者がいないのが勿体なく、ぽつぽつとカンテラが置かれている様は物寂しい。

 王城を歩くのは久しぶりだが、伯爵家の娘として幼い頃からよく親に連れられて来ていたし、魔術師として働いて時期もあり慣れた場所だったので手ぶらで出てきてしまった。

 自分も灯りを持ってきた方がよかったかな、とラヴィニアは眉を寄せる。


「……ラヴィニア?」


 そこで後ろから声を掛けられて、ギクリとした。昼間にも久しぶりに聞いた、声。


「ギル……」


 振り向くと、昼間の騎士服とは違い私服姿のギルがランプを片手に庭園のレンガ道に立っていた。


「こんな時間に何をしている」

「それはこちらのセリフじゃない? ここは客室棟よ。あんたの宿舎は別の棟でしょ」


 眉を顰めて明らかに咎める口調で言われ、ラヴィニアも喧嘩腰で言葉を返す。彼と話す時につい喧嘩腰になってしまうのには、今のラヴィニアにはどうしようもない。

 最初は、貴族の子供が通う王立学園で同級生だった男。王城に務め始めた年も一緒で、部署こそ違えど同期と呼べる間柄。

 そして、かつてはそれ以上の関係でもあった、男。


「……見回りだ」

「私服で?」


 よく口の回る男にしては、お粗末な言い訳だった。大体、侯爵家の嫡男で騎士団に所属しているギルが、客室棟の警備など任される筈がない。


「私が寝てる隙に、ツバサに何か吹き込むつもりだった? それとも物理的に引き離すつもりかしら」


 ラヴィニアは眦を吊り上げて、寝る時も首から提げている魔法石を握る。

 魔力貯蔵器官が壊されても、ラヴィニアは魔力を生み出し続けている。それを自力では貯めておくことが出来ないので、石に少しずつ魔力を注いであるのだ。今のラヴィニアは魔術師として満足に戦う力はないが、これを使えば回数制限はあるものの、いくらかは抵抗出来る。

 今夜はあれから食事の後にチャージしておいたので、ふいを突けばギルに一撃ぐらいはお見舞いことが出来るかもしれない。そんな甘い相手ではないが、戦う前から気持ちで負けるわけにはいかない。

 それを見て、ギルは目を細めた。憐れむようなその表情が、ラヴィニアは嫌いだ。


「……ラヴィニア」

「今日ずっと思ってたんだけど、親し気に名前なんか呼ばないで頂戴」

「……俺は今でも親しいつもりだが」

「あら、お生憎様。五年も前に、とっくに終わってるのよ」


 ギルの手が伸ばされて、ラヴィニアはそれをパチンと弾く。

 フライパンで殴ろうとしてもちっとも揺るがなかったギルだが、その明確な拒絶に痛そうに表情を歪めた。

 傷ついた顔なんてしないで欲しい。ラヴィニアが悪いかのようではないか。

 必ず守るという恋人の甘い言葉など、信じるのではなかった。五年前の事件の際には姿も見せず、この五年間会いにも来なかったくせに。

 とっくに甘やかな関係は終わったのだと、ラヴィニアに知らしめるには十分な時間だった。それが答えなのだと、思い知らされた。

 人を頼ろうと、甘えようとしたラヴィニアの考えこそが甘ったれていたのだ。


「聞け、ラヴィニア」


 ギルに近づいて欲しくなくて、ラヴィニアは後ずさる。夜風が冷たく、自分自身を抱きしめた。

 ツバサの前では強い母親でいられるが、この男の前ではすぐに甘ったれた少女のようになってしまう自分が嫌だった。

 抱きしめられた時の温かさや安心感を、体がまだ覚えている。唇の甘さを、耳に注がれる声の心地よさを、忘れることが出来ない。

 手のひらの温度にときめいてしまうのは、条件反射だ。捨てられない情が体に染み付いていて、嫌になる。

 もう終わった恋なのに、まだ彼を愛していると、気付かされてしまうから。


「聞くもんですか。聖女の保護者だから、私から篭絡しようってとこかしら? 元恋人だからあなたが適任だとでもブライトンに言われた?」

「っ……」


 ギルは唇を噛むと、何故か持っていた大判のショールをラヴィニアの肩に被せた。


「何なの」

「……薄着で部屋を出るな」

「放っておいてよ。……今までずっとそうだったくせに!」


 かつてのように気遣うフリなんてしないで欲しい。簡単に揺らぐ自分が恥ずかしくて、ラヴィニアは素早く踵を返すと走って寝室へと戻った。

 扉を閉じてその場にしゃがみ込むと、肩に掛けられたショールが頬に当たる。そこからは、懐かしいギルの香りがして、思わず顔を伏せた。


「……守ってくれなかったくせに。私は……私は、あの子を必ず守るんだから……」


 噛みしめるような言葉は小さく、頼りない。

 ラヴィニアは、もうギルには会いたくなかったのだ。弱い自分が顔を出し、これまで張ってきた虚勢が崩れていくのが分かる。

 それでも、今のラヴィニアは一人ではない。ツバサの為に、どんな困難があろうとも強くあらねばならない。

 それが今の、ラヴィニアの望みなのだから。






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