68.めでたし、めでたし?
時間は掛かったが無事に回復魔術は成功し、もちろんラヴィニアにも反動がくることはなかった。
ずっと光り輝いていたラヴィニアの手の平から光が消え、ギルの腹の傷は跡形もなく消えている。
「……ギル、大丈夫?」
魔術が成功しようとも、やはり心配でラヴィニアはギルをじっと見つめた。だが彼は血を失った所為で青褪めてはいたが、しっかりと頷く。その落ち着いた様子に、ホッとした。
「ああ、大丈夫だ」
「一応本職の人に診てもらってね? あとちゃんとゆっくり休んで」
「わかった、わかった」
ようやく到着した救護班が母娘の咄嗟の機転を称賛し、騎士達に隊長を助けたことを感謝される。とはいえすぐに動かないに越したことはないので、ギルは救護班の担架に乗り運ばれることとなった。
ツバサの魔力量は相当なものだが、気疲れもありぐったりとしているので一緒に救護班に診てもらうことにする。
そんな娘の額にキスをして、ラヴィニアは心からお礼を伝えた。
「ツバサ、ありがとう。あなたのおかげだわ」
「ううん……やっぱりお母さんはすごいね! それに、私もすごい!」
「ふふ、そうね」
ツバサはふにゃっと笑い、ラヴィニアとしっかりと手を繋ぐ。
聖女としての彼女の仕事は魔法石に魔力を注ぐことだけだったので、今回のことは初めてツバサにとって『人を助けた』という体験である。そのことに、疲れたものの確かな手応えと自分の仕事の大切さを再確認したというのだ。
「……うん、ツバサはすごい。知ってたけど、やっぱりすごいな」
「ギルさん、力が強い! そんなに元気なら自分で歩けば?」
「おいおい、ついさっきまで俺は重傷者だったんだぞ」
担架に乗ったままギルはツバサの頭をがしがしと撫でて笑い、ツバサは文句を言ってその手を弾く。
二人が仲良くしている姿を見るのが、ラヴィニアは大好きだ。ツバサが誘拐されたと聞いた時にも、ギルが刺された時にもひどく動揺したが、この光景が戻ってきたことが心から嬉しい。
「ほらほら。あなた達、いつまでじゃれてるの」
「ローラ!」
「どうやら捜索隊の方達が事情を聞きたいらしいから、私が残るわ。ラヴィもツバサもギルと一緒にお行きなさいな」
ヤレヤレとした様子でアウローラが三人に近づいてきた。さすがに巻き込まれただけの彼女に何もかも任せるのは申し訳なくて、ラヴィニアは躊躇する。
「え……でも……」
「よくってよ。でももしラヴィが私に何かお返ししたい、と思うなら……今度我が家で男子禁制のお泊り会をしましょうね」
そう言って、アウローラは音の鳴りそうなウインクをした。思わず彼女に抱き着く。
「……ローラ。愛してる!」
「私もよ、ラヴィ!」
「おい」
ギルの低い抗議の声は、二人とも無視した。
そうして現場での聞き取りなどにはアウローラが残って対処してくれるというので、先ほどギルを失いかけたばかりのラヴィニアは彼から離れたくなくて、親友の言葉に甘えさせてもらうことにする。
ちなみにエイデンは勝手に『魔女殺し』を崩壊させたので、カンカンに怒っている錬金術師団長が驚くほど素早く駆け付けてきてエイデンを連行して行った。
結局あの紙がどんな魔術具だったのかとか、大昔の魔女とエイデンがどういう関係なのかなどの秘密については、ラヴィニア同様あの場を見ていたツバサもアウローラも追及するつもりがないらしく、ただ一人の優秀な錬金術師が国宝を崩壊させた、という事実のみが残るようだ。
いつか、彼の秘密をラヴィニアが知る時も来るかもしれないし、来ないのかもしれない。でも、そんなことはどうでも良いことだった。
倉庫の外に出ると、犯人達を連れていく為の荷馬車や事件の確認に走り回る警邏隊などでごった返していて、建物内よりよほど騒がしい。そんな中、ギルを乗せた担架を極力揺らさないように進む救護班の後について、ラヴィニアとツバサは進む。
その視界の隅にサッと過った人物が見知った顔に見えたが、今はとにかくラヴィニアはギルのことが心配だった為、何か理由があってそこにいるのだろうとその人物について深く考えなかった。
だからこの先は、ラヴィニアの知らない話。




