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魔女の凱旋  作者: 林檎
67/73

67.元天才魔術師

 

「ツバサ!」


 このままラヴィニアが避けたら、アキトはツバサをターゲットに変更するかもしれない。彼はラヴィニアを傷つけたいのだ、娘が傷つくことはラヴィニアにとって自分が傷を追うことよりもダメージを与えられる。

 とはいえ、驚いて硬直してしまっているツバサを連れて逃げる時間はない。既にアキトの凶刃は、すぐそこまで迫っていた。


「お母さん!」

「ラヴィ!?」


 アウローラの悲鳴を聞きながら、ラヴィニアは咄嗟にツバサを抱き込むとアキトに向けて背を向けて体を丸めた。

 どん、という衝撃と肉を切り裂く嫌な音がする。しかし、ラヴィニアに痛みは訪れず、感じたのは慣れ親しんだ逞しい腕による抱擁だった。

 地面に、赤い血がぼたぼたと落ちる。驚いて顔を上げると、ラヴィニアとツバサを片手に抱いたギルが、アキトに刺されている姿が見えた。


「ギル!!」


 ラヴィニアは目の前が真っ暗になって、悲鳴を上げた。

 ギルは腹に刃が刺さった状態のまま、空いている腕で思い切りアキトの頬を殴り飛ばす。


「ギャアッ!」


 アキトは吹っ飛び、地面に強かに打ち付けて気絶した。ラヴィニアはふらつくギルに抱き着いて、支える。


「こいつを拘束しろ! 王位簒奪を計画し、聖女を誘拐した大罪人だぞ。王子だという遠慮はするな!」


 現場にいた皆にギルが怒鳴って檄を飛ばすと、ビリビリと空気が震えるかのようだった。騎士がサッとアキトに近づき、今度こそきつく縄で縛り直す。


「隊長……」

「救護班をこちらに。だがまず、先にその男を連れて行け!」

「はっ!」


 ギルの腹には剣が刺さったままで気遣わしげに部下が彼に声を掛けたが、犯人達を取り逃すことのないようにさらに強く怒鳴って命令した。

 騎士達がアキトを連れてバタバタと去っていく中、肩から力を抜いたギルがずるりとその場に座り込む。


「ギルさん! ギルさん、大丈夫!?」


 初めて見る身内の大怪我に、ツバサは動揺して身を震わせる。覚えたての回復魔術を掛けようとしているが、動揺しすぎて手が震え上手く術式を編めないようだ。


「大丈夫……すぐ救護班が来るから……死にはしない」


 刃は抜かない方がいい、という知識ぐらいはあるが、それでも傷口からどんどん血は流れていく。アウローラは魔術が使えないし、エイデンならば使えるが今は『魔女殺し』を崩壊させた件を騎士に説明する為にどこかに行ってしまっていた。

 そしてラヴィニアには、魔術を使う為の魔力貯蔵器官がない。いつも首から提げていた魔法石もここに連れて来られた際に取り上げられてしまった。


「ラヴィ。ああ……泣かないでくれ、大丈夫だから」

「大丈夫なわけないでしょう……」


 知らぬ間に流れていた涙を拭って、ラヴィニアはパチン、と自分の頬を叩いた。ギルが刺されたことがショックで呆然としていたが、気を確かに持たなければならない。

 座り込んだギルの前に跪き、ラヴィニアはツバサを傍に手招いた。


「ラヴィ……?」

「……実はこのドレスに縫い込まれたビーズ。全部、あなたがくれた魔法石と同じ産地で採掘された魔法石なの」

「え?」


 広がったドレスの裾にはずらりと青い石が縫い込まれている。ドレスが黒なので色はあまり目立たなかったが、確かにいつもラヴィニアが首から提げている魔法石と同じ碧色をしていた。

 ドレスを贈ってくれたアウローラは勿論それを知っていて、しかし奥の手だった為ずっと黙っていたのだ。

 その彼女は救護班を早く寄越すように、外に向かって叫んでいる。幾人かが慌てて走っていくが、そんなものは待っていられなかった。

 死にはしない、がどれほど辛いかはラヴィニアがよく分かっている。無茶苦茶な方法であろうとも、大切な人を助ける術があるのならば、ラヴィニアは躊躇わなかった。


「一応全部に魔力を込めてあるけど、サイズが小さいしまだ試験段階の石だから込めることの出来る量が少ないわ。今から私がこの魔力を使って、回復魔術を掛けるけど絶対に蓄積された魔力じゃ足らなくなる」


 ラヴィニアは必死だ。

 ドレスのビーズは、最後の手段であり、とはいえそこまで有力な武器にはならない。せいぜい蝋燭に火を灯す程度の力にしかならないだろう。だからここまで使うタイミングがなかったのだ。

 大怪我を回復させる為の魔術には、当然それ相応の魔力が必要だった。ラヴィニアが魔術を行使する以上、石に魔力を込めることは出来ない。

 でも、今は隣に聖女であるツバサがいる。


「お母さん……」

「いい、ツバサ。お母さんがどんどんビーズの中の魔力を使っていくから、あなたは空になったものに端から魔力を込めていって」


 ラヴィニアの紫の瞳が、真っ直ぐにツバサの黒い瞳を見つめる。術式を編むには繊細な制御が必要だが、魔力を放出するだけならば簡単なのだ。

 そして何より、ツバサは聖女として何度も魔法石に魔力を込めている。空の魔法石を判別出来ることさえ出来るほどに、成長していたのだ。


「出来る?」

「出来る。……私、聖女なんだから」


 ツバサの顔色も真っ白だったが、毎日やっていることなのでそれならば自信があるようだ。出来るといった娘を信じて、ラヴィニアは夫の体に手の平で触れた。


「待て。それは、大丈夫なのか? 確か他者の魔力を使うと、魔術を行使する魔術師には負担がかかる筈だろう」


 この間にもかなり血を失い続けているギルの顔色は、この中で一番悪い。それでも術者であるラヴィニアを気遣ってくれる彼の愛情に、絶対に応えてみせる。

 聖女謹製の魔法石は実用段階に進んでいるが、その魔法石を扱うのが難しいからこそラヴィニアは今も王城に通いエイデン達と研究を続けているのだ。

 選び抜かれた実用段階の魔法石ですらそんな状態なのに、ラヴィニアが自分の魔力を入れる為だけのつもりだったビーズのような魔法石に、突貫で注いだ魔力が暴走しない保証はない。


「……確かに他人の魔力はまるで暴れる奔流のようなもの、魔力が暴走すれば術者がダメージを食らう可能性はあるわ」

「なら……!」


 ギルの唇に指先で触れて、愛を囁く時のようにもしくは彼と口喧嘩する時に絶対に負けない、と宣言する時のように、ラヴィニアはとびきり甘く微笑む。

 そのまま手を下げ、傷口に近い位置に手の平を翳した。


「でも心配しないで、ダーリン」

「ラヴィ……」


 指先から、魔術が展開される。

 魔術の光が溢れ、ギルの傷に注がれていった。やはり傷が大きく、魔力を大量に消費してしまう。

 だが、ツバサがラヴィニアのドレスに触れ驚くほどの早さで空になった魔法石に次々に魔力を供給してくれていった。それを受けて、ラヴィニアはどんどん魔術へと変換していく。

 本来ならばギルはこんな短剣にやられる男ではないのに、愛する家族を守る為に重症を負った。ならばラヴィニアも、愛する彼を助ける為に自分に出来ることをするまでだ


「あなたの妻は、元天才魔術師なの」


 そう言うとラヴィニアは寸分の違いもなく正確に、そして少しの魔力も無駄にすることなく魔術を制御してギルの負った大怪我に回復魔術を掛けた。




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