64.答え合わせ
ニヤリとアウローラは不敵に笑ってみせた。その姿は、ひどく魅力的だ。
何度も言うが、アウローラは本当にお転婆なのだ。
彼女が幼い頃から将来公爵夫人になることが決まっていなければ、騎士の道もあっただろう。それもとびきり強い女性騎士だ。
騎馬の腕もギルと競うほどだったし、クラウドが騎士の道を諦めたのはアウローラに剣術で負けた所為だ。
とはいえ、
「……流石に今でもドレスの中に剣を隠し持ってるとは思わなかったわ」
これは、ラヴィニアにも驚きだった。
先程蹲ったのは、ドレスの中に隠した剣を取る為だったらしい。物語の女スパイもビックリの行動だが、確かに彼女の昼間用のドレスは動きやすくふんわりとしたドレープを描いていたので、隠し場所にぴったりだ。
珍しい形のドレスだと思ったが最近流行りの東洋のデザインだったので、オシャレなアウローラが着ていても違和感を抱くこともなかったのだ。
「五年ぐらいで人は変わらないものよ、ちなみに、剣術指南を受けているので腕も落ちていないわ」
そして当然このアウローラのお転婆な面を知っていて、なお彼女を女神のように崇めるユディット公爵はなかなかの男である。
アキトは悔しそうに痛む腕を抱えている。それを油断なく見ながらアウローラは剣を構え、ラヴィニアはツバサを抱きしめた。
この腕の中に戻ってきた娘の、相変わらず温かい体が愛おしい。
「お母さん!」
「大丈夫。何があっても、ツバサのことは必ずお母さんが守ってあげるから」
中は敵だらけだが、外には捜索隊が肉薄している。扉が突破されるまでこの緊張状態を維持すれば、ラヴィニア達の勝ちだ。
「……だが残念だったな」
背後で声がして、ハッとラヴィニアは振り返った。アウローラはそのままアキトと男達を牽制してくれている。
ラヴィニアの視線の先にはダナンがいて、彼の手には『魔女殺し』が握られていた。
しまった、と咄嗟に考える。扉に注意がいった時は全員を把握していたが、アキトを襲撃した際には彼にだけ注目してしまっていた。
ダナンは襲撃されるアキトを見捨て、自分は『魔女殺し』を取りに動いていたのだ。
「……主人を見捨てるなんて、随分いい部下をお持ちだこと」
ラヴィニアが皮肉を言うと、ダナンも笑う。
「ここで計画が破綻しちまったら、従ってる俺達もピンチだろ?」
「もう勝敗は決してると思うけど?」
「本当に? 今処刑道具は俺の手の中にあって、あんたが魔術契約書に王子様の妃になることを了承するサインを書けば、それは有効になる」
魔術で魂を縛る契約書のことだ。こちらも魔族召喚同様に禁術の筈だが、お構いなしらしい。
「……ツバサの命を盾にとっての脅しは私には有効だけど、宰相達に対して私の存在は人質にはならないと思うけど」
一応言ってみるが、ラヴィニアの存在を使ってクラウド達を牛耳るつもりの彼らには通じなかった。
本当に、ラヴィニアの存在を盾に出来ると思い込んでいるらしい。
「お前は自分を過小評価しすぎだ、ラヴィニア。お前の為に、アルフレッド・ブライトンは俺に阿ってきたんだからな」
「ブライトンが……?」
「そう。あいつは宰相側のフリをしていた、俺のスパイだ」
ダナンはアキトの方に歩み寄り、『魔女殺し』を構える。ラヴィニアは驚くべきことを聞いた所為で固まってしまい、ついそれを見送ってしまった。
その向こうでは突破されかけている扉をアキトの部下達が反対に押し返して防いでいて、突破には時間が掛かりそうに見える。
「最初の計画ではツバサの目の前でお前を殺して、聖女を壊すつもりだった。人間は壊した方が扱いやすいからな」
酷い言葉に、ラヴィニアはツバサの耳を塞ぐ。
「だがアルフレッド・ブライトンがスパイとして宰相側に潜り込むので、お前の命だけは助けて欲しいと懇願してきたんだよ。あの男、お前に惚れているのか? 健気なことだ」
「……いい加減なことを言わないで」
「本当だとも。この五年間、王都にいなかった俺が計画を進めることが出来たのはアルフレッド・ブライトンの尽力があったおかげだ。聖女の居場所だってとっくに知っていたさ」
友人への侮辱に、ラヴィニアはドレスの裾を強く掴んだ。
しゃらん、と裾に縫い付けられたビーズが音をたてる。その涼やかな音も、今はラヴィニアの気持ちを和ませてはくれない。
「あの男は、聖女の存在とお前の居場所を五年間隠していた理由をなんと説明した? お前達を俺から隠して守る為、とでも言ったか?」
確かにそうだったが、アキトに対して頷くのが嫌でラヴィニアは黙って眉を顰めるに留める。今だに入り口では扉を挟んで、内部の男達と外部の捜索隊との攻防が続いているらしく、騒がしい。
ガタガタと物音や扉を叩く音が響く中だが、さして大きくはないアキトの皮肉っぽい声はしっかりと聞き取れた。
「だがそれは矛盾しているだろう。五年も隠していたのに、お前を王都に呼びつけたのは誰だ? 他ならぬ、ブライトン自身じゃないか」
ツバサが、ラヴィニアの腕をぎゅっと摑んだ。




