62.ふざけた求婚
アキトはツバサに鋏を突きつけたまま、ニヤニヤと笑ってそんなことを言う。二度繰り返して言われたものの、やはり意味が分からない。
「何で私があんたの妻になんなきゃならいのよ! そもそも私は人妻よ!」
「なるほど……じゃああのギル・カーヴァンクルをまず殺せば、お前あフリーになるわけだ」
「馬鹿なの? お断りだって言ってんの!」
ラヴィニアは苛立って歯軋りした。こんなシリアスな状況なのに、ふざけているようにしか聞こえない。
だが混乱しているのはこちらだけなのか、相変わらず部屋に大勢いる男達はアキトに追従するようにニヤニヤと笑うだけで不気味だ。
「……馬鹿なことを言ってないで、私の娘からその凶器を遠ざけて、手を離しなさい!」
「ラヴィニア、お前は今がどんな状況が分かって言っているのか?」
「どんな状況であろうと言うことは変わらないわ。娘を傷付けることは、絶対に許さない!」
正直『魔女殺し』を見ただけで身が竦むが、そんなことを言っている場合ではない。
可哀相に、ツバサは誘拐されてこんなところに来られたのだ、不安そうに瞳をキョロキョロと彷徨わせている。
「聖女は殺してしまうと、その聖魔術も使えなくなる。だからツバサは生かしたまま利用するしかない」
態度を変えないラヴィニアを説得しようとでも言うのか、アキトはわけの分からない説明を始めた。至極当たり前のことを言っているが、それではまるで一度聖女を殺したことがあるかのような言い振りではないか。ゾッとしてラヴィニアは震えた。
アキトに掴みかかる様子がなくなったからかダナンに腕を解放され、そのまま自分を抱きしめる。
「だから聖女を俺の妻にして、政治的に優位な立場をとるつもりだったが、お前を見て気が変わったんだよ、ラヴィニア」
「私を見て……?」
話の方向性が見えないが、アキトはこのまま話を進めていくらしい。
その中で状況を把握し、ツバサを助け出すチャンスを探ろうとアウローラとアイコンタクトを取った。流石にその点は頼もしく、アウローラは視線だけで頷いてくれる。
「こんなガキより、気の強そうな美人のお前の方がいいからな」
「……私は聖女じゃないし、魔術師でもないのよ。あんたの所為で!」
「お前の魔力貯槽器官を使ったのはローザの一存だ。生贄となり得る強く若い器官なら誰でもよかったが、あの女はお前に嫉妬していたんだろうな」
確かにあの事件の際、ローザはラヴィニアが来たことが嬉しい、と言っていた。
その前のやり取りからしてローザは、ラヴィニアとブライトンの二人に目をつけていたのだろう。たまたまブライトンはそれを断り、ラヴィニアは受け入れてしまった。
しかし、まさかあの言葉が嫉妬によるものだったとは。今となっては確かめようもないし、今は関係ない。
「あの女は地方の冴えない魔女の分際で、俺が王位を継いだ際には本気で王妃になれると思い込んでいたからな。自分よりも若く美しいラヴィニアに嫉妬してたんだよ」
「……恋人だったの?」
五年前の事件の際にあれほどローザが計画に執着していたのは、アキトと結婚したかったからなのか。
「ローザはそう思い込んでたな。だが俺は王の子だぞ? 田舎育ちの愚鈍な女など、不釣り合いだ」
アキトの酷い言い草に、ラヴィニアは眉を顰める。勿論ローザ・メイヤーにされたことを忘れてはいないが、彼女が見事に利用されて捨て駒にされたのだと思えば哀れだ。
「あんな女よりも、ラヴィニア。お前の方がずっといい。美しく賢いし、利用価値が高い」
「お褒めいただきありがとう。ちっとも嬉しくないわ」
「次期宰相に次期魔術師団長、天才錬金術師に公爵夫人がお前の取り巻きと来た。出来れば次期騎士団長であるカーヴァンクルも利用したいところだが、あいつはお前の夫なので殺すしかないな」
「……あら嫌だ。さすが私の友人達は、国家を乗っ取ろうって思っている奴にすら魅力的な面々なのね」
苦々しい表情を浮かべてラヴィニアは吐き捨てる。
つまりアキトは、ラヴィニア自身ではなく、ラヴィニアの伝手を利用したいと言っているのだ。
それを当の公爵夫人であるアウローラの前で言ってしまっている時点で破綻すると思うのだが、何か隠し球でもあるのか。
そのアウローラは、アキトとの交渉はラヴィニアに任せて周囲に気を配っている。本当は頭の回転が早く世慣れている彼女に交渉は任せたいところだが、今回ばかりはラヴィニアの仕事だろう。
あと何度も愛する夫を殺す、と言われるのもなかなかに苦痛だった。アキトとギルが勝負すれば、ギルが勝つに決まっているので「やれるものなら、やってみろ」と言いたいところだが、こんな卑怯な状況を作った張本人が正々堂々と勝負する筈がない。
「……そんなことを言って、私が素直に従うとでも思っているの? 私達を誘拐して、娘に凶器を向けている男に」
「実を言うと宰相側が俺のことを探っていることは、こちらも気づいていた。何度も計画を邪魔されれば気づかないほうがおかしいだろ」
それはそうだろう。そしてアキトは、とことん自分の話したいように話すつもりらしい。
しかし、宰相や第一王子派が動いていたことは、ラヴィニアには関係ない。
何も知らされていなかったことも勿論だが、ラヴィニアは今権力とは関係な立場なのだ。正直なところグレアムとアキトの争いなど無関係だし、宰相や他の政治家達の思惑だって知ったことではないのだ。
それは、クラウドやブライトンといった関係者の領分だ。
だから、アキトの言うようにラヴィニアを通じて彼らを好きに操る計画も、最初から出来っこないのだ。
友人としてならば彼らはラヴィニアの為に力を尽くしてくれるだろうけれど、それに仕事が絡んでくるのならばきちんと線引きをしている。
公私混同はしない。
「だがお前は、俺の言うことに従わざるを得ない」
「……娘を使って脅して? ずっとその姿勢で王様をやるつもりなの?」




