61.あまりにも場違いな提案
それから二人は、閉じ込められた部屋の確認して回った。
といってもこちらも外の広い部屋同様に倉庫として使われていたことは明白で、空の木箱が少しあるだけの小さな部屋。ひとつしかない窓には、板が打ち付けられていた。
「ここから出るのは無理そうね」
「同じようば小部屋がいくつかあるようだったけれど、あのどこかにツバサが閉じ込められているのかしら」
特に収穫はなく、仕方なく二人は木箱をひっくり返してそこに座る。根っからの貴族女性であるアウローラがこんな事態でも落ち着いているのは、ラヴィニアにとってとても有難い。
一人なら今頃、焦ってパニックになっていただろう。
「そもそもどうして、ラヴィまで誘拐したのかしら」
「……さっきの男は私の魔法石のことも知っているようだったから、情報が詳しく伝わってるようね。……ツバサへの脅しに使う、とか?」
魔法石を取り上げられてしまえば、魔術の使えないラヴィニアに抵抗の術はない。魔術師として利用されるわけではないのならば、聖女の母親として利用されてしまうのだろう。
「隙があれば、ローラにはツバサを連れて逃げて欲しいんだけど……」
「絶対に嫌よ」
「だよね……」
生存率を上げたいところだが、アウローラがラヴィニアを放って逃げる筈がないのだ。
「情報が少なすぎるわ……まずここがドコなのかも分からないし」
男の言葉では、後ほどアキトもここに来ることになっているらしい。ならばさほど王都から離れた街ではない筈だが、戻る方角すら見当もつかないのでは、迂闊に女三人で逃げ出して無事に済むのかも分からない。
「それなら分かるわ。ここは王都の西の貧民街よ」
「え!? 何故分かるの?」
アウローラだって、ラヴィニアと同じように否それ以上に貴族令嬢として模範的に生き、そして貧民街とは縁なく育った身だ。
馬車から降ろされたあの一瞬で王都のどこに位置する場所かを把握しているとは、驚いた。
「私を誰だと思っているの。社会福祉に熱心なユディット公爵夫人よ? この先の区画の孤児院を、一度寄付の為に訪れたことがあるの」
「さっすが公爵夫人! 素敵!」
「んふ。もっと褒めて」
ラヴィニアが手放しに称賛すると、アウローラは金の髪を肩に流してフフン、と得意げに微笑む。
彼女がこんな王都の端の孤児院にまで寄付に訪れていたことも、たった一度来た場所のことをきちんと覚えていることにも、素直に感心してしまう。
ということは、ラヴィニア達に場所を勘違いさせる為に馬車はこの辺りをぐるぐる走っていただけということか。しかしその目論見はアウローラの素晴らしい日頃の行いと記憶力のおかげで、あえなく失敗したわけだ。
「ローラ、本当にすごいわ。私一人だったら、、王都とは違う街だと思い込んでいたもの」
「適材適所でしょ? 私は魔術も錬金術も使えないけど、貴族夫人としての経験があるもの」
「うん、カッコいい」
アウローラはにっこりと微笑み、彼女の言葉にラヴィニアは感じ入った。つくづく自分は未熟だった。驕っていた、と痛感するばかりである。
あの頃の自分はただの怖いもの知らずだっただけ。
それを知れたことは、よかったと思いたい。
「さて一歩前進だけど、この部屋からの脱出は難しいわよね……外に大勢いたし」
「そうね。ツバサの監禁されている部屋の目星もつかないし」
この部屋の鍵がもし開くことが出来たとしても、最初に入った広い部屋には大勢のゴロツキがいた。流石にあの中を掻い潜ってツバサを探すことは出来ない。
アウローラも手詰まりのようで、二人で顔を見合わせる。相手方からのアクションを待つしかない状況のようだが、先に誘拐されたツバサがどんな目に遭っているかと考えるだけでラヴィニアは胸が苦しくなった。
せめて、丁重に扱われていることを願うばかりだ。
ジリジリした思いで待っていると、それからかなり時間が経ってようやく扉が開かれる。
先ほど二人をこの部屋に押し込んだリーダー格の男に促されて部屋の外に出ると、そこにはアキトとツバサが立っていた。
ツバサの首元に突きつけられているものを見て、ラヴィニアは悲鳴を上げる。
「うちの娘に、何てものを向けてるのよ!!」
細い首に触れんばかりに突きつけられているのは、金の刃。禍々しい赤い石が中央に嵌まった、見るのも悍ましい魔術師の処刑道具、『魔女殺し』だった。
「お母さん……!」
ツバサの黒い瞳が、こちらを認めて涙で潤む。
小さな子供に刃物を向けているだけでも絶対に許せないが、その凶器がよりにもよってあの忌々しい鋏なのだ。
やはり、あの事件の時にローザ・メイヤーに国宝である『魔女殺し』を持たせたのは、この男だったのだろう。王子と言う立場を笠に来て、やりたい放題に酷いことをしてくれたものだ。
無力な貴族夫人二人、と考えられている所為かラヴィニアもアウローラも縄などでの拘束は受けていない。急いでツバサの下に駆けつけようとしたが、流石に止められてしまう。
リーダー格の男に腕を掴まれて、ラヴィニアは必死に抵抗した。
「離して!」
「威勢がいいな」
「ダナン、丁重に扱えよ。その女は俺の妃になる女なんだから」
リーダー格の男をダナンと呼んで、アキトはこちらを見て薄く笑う。彼の言っている意味が分からなくて、ラヴィニアは眉を寄せた。
「……何言ってるの?」
「元々はツバサを俺の妃にするつもりだったが、計画を変更することにした。ラヴィニア、俺の妻になれ」




