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魔女の凱旋  作者: 林檎
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59.獣の巣穴に


 いつものように、と思える今が、ラヴィニアにとっては大切な日々だ。そこには当然のようにツバサが朗らかに笑っていてこそ、でもある。


「うん……頼りにしているわ、旦那様」

「任せろ」


 少しだけ距離を開けてラヴィニアが微笑むと、ギルもホッとしたように表情を和らげた。今はやせ我慢であったとしても、強気に笑っていたい。

 頬を撫でられて束の間彼の腕の中で甘えていると、そのままにギルはアウローラのほうに体を向ける。


「アウローラ。ラヴィを頼めるか?」

「まぁ! ラヴィの夫になったからって生意気だわ。何度でも言うけれど、大前提として私の可愛いラヴィニアなのよ。愚問を口にする前によく頭に刻みなさいな、ギル・カーヴァンクル」

「……失礼しました、義理の母上」


 何やら倒錯的な会話を交わした二人の間で、話がついたらしい。

 ラヴィニアはそっとアウローラに託されて、ギルは部屋から出て行った。


「……なんだか皆、私の保護者みたい」

「私達、皆お互いのことが大好きなだけよ。例えばラヴィだってエイデンの保護者みたいだし、エイデンがラヴィの保護者みたいな時もあるでしょう?」


 そう言われて、確かに時折エイデンがお兄さんぶってこちらの心配をしてくるシーンを思い出した。

 エイデンは一緒に研究していても、決してラヴィニアに錬金術の道具は触らせてはくれないのだ。そりゃあ天才錬金術師の彼に比べたら今や魔術師を名乗る資格のない身では触れる権利もないかもしれないが、単純にそういうワケではない様子で。

 とにかく、エイデンはラヴィニアに些細な怪我もして欲しくないかのように過保護なのだ。

 これまたアウローラがお姉さんぶってニッコリと微笑むのに、ラヴィニアは渋々頷くしかない。


「……そうかも」

「でしょう?」


 それから、ギルに屋敷に帰ることを促されていたので二人は共に馬車が並んでいる通用門へとやってきた。


「ローラ、あなたは公爵家へ帰ったほうが……」

「何度も言わせないで、我が家には有能な乳母とメイドと護衛がいるから大丈夫!」

「でも……」


 元々貴族夫人は自ら子育てをすることは珍しい。公爵家ともなれば専門の子育てチームがいる筈だ。

 だがそれは夫人が女主人として公爵家の仕事をする為であって、厄介ごとを抱えた友人であるラヴィニアに付き添う時間を捻出する為ではないだろう。


「私の可愛いお馬鹿さん。私が自分の意思を曲げたことがあったかしら?」

「……ない」

「諦めなさいな」

「うう……ありがとう」


 正直ツバサが連れ去られた、と聞いただけで立ち竦んでしまったラヴィニアにとって、こうして真っ直ぐ前を見て強い瞳を煌めかせている親友の存在は何よりも有難い。ここはアウローラに甘えて、しばし共にいてもらうことを選んだ。


 しかし馬車が城の門を出ていくらか走ってもいない内に、アウローラが異変を察知してその天井を叩いた。


「……道が違うわ。第三隊長の屋敷は、こちらでなくってよ」


 ギルの屋敷は、王城からさほど離れておらず、大通りを通ればすぐの筈だ。ラヴィニアにも既に通いなれた道だった。

 しかし今、馬車は明らかに郊外に向けて走っている。アウローラはなおも馭者に話かけたが、相手からの返事はない。


「んもう! 返事ぐらいなさいな」


 アウローラが柳眉を吊り上げて、唇を尖らせる。

 馬車本体は、今朝ラヴィニアが登城する際に乗ってきたいつものそれだ。では馭者が違う者なのだろうか?

 屋敷で従僕としても働いている、礼儀作法はまだ少し未熟だが気のいい馭者役の青年の顔が過って、ラヴィニアは唇を噛んだ。彼は無事だろうか。

 いっそのこと走行中であっても飛び降りてしまおうか、と馬車の扉の取っ手を握ったが外から固定されているらしく、開くことが出来ない。


「……一体どういうつもりなの」


 ラヴィニアは吐き捨てるように呟いて、首から提げた魔法石を握る。少々荒っぽくなるが火の魔術を使って、小さな爆発を起こして馬車を止めるべきか。

 しかし、


「ねぇローラ……」

「ええ。このまま乗っていれば、ツバサの監禁場所にエスコートしていただけるのかしらね?」


 アウローラは不敵に笑って、豪奢な金の髪を優雅にかき上げた。

 そう。馬車の暴走をアキトが指示していると仮定して。

 この王都ではクラウド達が目を光らせている。アキトの勢力がどの程度の規模なのかラヴィニアは知らないが、秘密裏に隠れ家を複数個所持つことは第二王子といえど難しい筈だ。

 当然『アキト殿下』の王都での住まいは捜索の手が行っているだろうし、アキト側がツバサを誘拐して連れて行った場所にこれからラヴィニア達も連れて行かれるとみて間違いないだろう。


「ローラ……巻き込んでごめん! 悪いけど付き合ってもらうわ」


 ラヴィニアがきっぱりと言うと、アウローラは魅力的な仕草で唇を吊り上げる。


「あら、望むところよ。愛する子供の為なら母親はどれほどだって強くなれると、彼らに見せてあげましょう」


 アウローラは昼間用のドレスのその柔らかな生地の裾を優雅に捌いて座席に座りなおし、ラヴィニアもそれに倣った。

 親友の用意してくれたとろりとした生地の黒いドレスの裾には、魔法石と同じ色のビーズが縫い込まれていてしゃらりと涼やかな音がする。


 戦う準備なら出来ている。もうずっと前から。




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