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魔女の凱旋  作者: 林檎
57/73

57.なにも失っていなかった

 

 ラヴィニアの言葉に、ブライトンが真剣な表情を向ける。

 自分で言ったというのに、その発想の悍ましさにラヴィニアは震えた。


「そうだ。どう使うつもりなのか知らないが、彼は強い力を欲している。聖女の存在なんて、それこそ勢力をひっくり返すのにピッタリ。だから……聖女がラヴィニアに保護されたことは伏せておくことにしたんだ」


 ラヴィニアの顔に怒りが浮かび、それを見たブライトンは目を伏せる。

 そんな二人の様子に、他の面々が気遣うような労わるような視線をくれた。これは確かに、ブライトンはさぞかしラヴィニアには言い難かっただろう。


「その所為でギルとラヴィニアがすれ違うことになって、お前達二人の関係が破綻したのは悪かった。……相手の考えが全て明らかになっていない以上、遠ざける以外の守る方法が浮かばなかったんだ」


 そこで項垂れて、ブライトンが小さな声で詫びた。

 彼は思い違いをしている。ギルとラヴィニアがすれ違ったのは、ブライトンの所為ではない。縺れ合った糸を解きほぐそうと思えば、ラヴィニアは自分で動くべきだったのだ。だがそれをしなかった。

 今は、それを怒っているわけではない。


「……それならそうと言ってくれたらよかったのに」


 ラヴィニアは、自分が戦力外であり、彼らにただ守られるだけの存在であったことに怒りを覚えているのだ。


「魔術が使えなくなったラヴィニアに対して、アキト殿下はノーマークだった。俺やクラウドが関わって行けば怪しまれて、ツバサの存在にまで気づかれてしまう恐れがあったんだよ」

「……離れておくことが、お前を守ることになると、俺もブライトンに言われていた。……こういう意味だったんだな」


 ギルが、ラヴィニアを抱き寄せたままそう言う。

 声には悔しさが滲んでいたが、五年前の彼らはまだ学園を卒業したてのヒヨコばかりだったのだ。権力も力も持たず、暗闇の中で無防備になったラヴィニアを守り切れる確証はなかった。

 だが、それでも言って欲しかった。ブライトンにこんな顔をさせて、ギルに常に後悔を抱かせるのならば、教えて欲しかった。

 なにも出来ずとも、共に戦いたかった。

 ただ今となっては、ツバサがこの五年の間無事だったことにより、ブライトンとクラウドが秘密を抱いていたことは成功だったといえる。


「……それで第二王子派も気付けなかったのに、どうしてあなた達はラヴィがツバサを保護したと知っていたの?」


 アウローラがふと口を挟む。

 知らされていなかったのは彼女も同じなのに、冷静だ。

 ラヴィニアが視線を向けると、アウローラは美しく微笑む。彼女は彼女でこの五年自分に出来ることをやってきたのだ。その自信が、こんな風に冷静さと強さを生み出しているのだろう。そしてアウローラの言葉を聞いて、ラヴィニアも気になった。

 聖女を探しているアキトに見つけられなかったのに、何故彼らはツバサの居場所とラヴィニアの近況を知っていたか?

 ツバサの存在を隠すにも、それをまず知っていなくてはどうしようもない。


「アキト殿下は何故か聖女が既にこの世界に召喚されていることを知っていて、その行方を追っていた。そのことに気付いた俺達も聖女を探していたが、見つけることは出来なかった……」


 ブライトンの言い方に、ラヴィニアは首を傾げる。

 どうやら彼らは、ツバサの行方を追っていてラヴィニアに辿りついたわけではないらしい。


「ラヴィは一度だけ、ダルトン伯爵家に手紙を送っただろ?」

「あ……ええ。あの村に落ち着いたことを、知らせるだけはしておこうと思って……」


 クラウドに言われて、ラヴィニアは記憶を辿る。

 随分前のことだったしダルトン家から返信はなかったので、そのことをラヴィニアはすっかり忘れていた。

 その後返信はなかったし、憎まれて家を勘当されたわけではないがやはり罪人として王都を出て行った娘からの連絡など邪魔なだけなのだろう、と以降は連絡することはなかったのだが。


「……あの手紙を、伯爵家は扱いかねて俺に託したんだ」


 クラウドはラヴィニアの幼馴染だし、ダルトン家とも親しい。当時から宰相の下で働いていたクラウドに渡されたことは、不思議ではなかった。


「ラヴィニアが王都を追い出されることを止めることは出来なかったが、あの時点ではまだ会いに行ったり迎えに行くことは出来ると俺達は考えていた」


 クラウドが言うと、アウローラもうんうんと頷いていた。

 今生の別れだとばかりラヴィニアは思い込んでいたが、あの時彼らはほとぼりが覚めれば会いにきてくれるつもりだったらしい。王都での立場がある彼らが罪人に会いに来ることは、決して簡単なことではないのに。

 それだけであの夜の孤独が慰められるかのようで、ラヴィニアは嬉しさにくらりと眩暈がした。


 足元をやわく照らす光、返ってくることのない約束の言葉、失った恋。


 気付けば、ラヴィニアの傍には今、全てがある。

 心が震えている所為で言葉を紡ぐことが出来ないラヴィニアを、ギルが支えてくれる。そんな様子を眩しそうに目を細めて見るブライトンが、唇を開いた。


「……立場的に身軽だったから俺がまずラヴィニアの様子を見に村に向かったが、そこで聖女と思しき少女と暮らしているのを見て驚いた。……これは、俺達が会いに行ったり手紙のやりとりなどをしていけばすぐにアキト殿下にツバサの存在がバレてしまう、と思ったんだ」

「それで……私の居場所とツバサと共に暮らしていることは知っていても、接触がなかったのね」

「ああ」


 ブライトンの薄い水色の瞳が、なんとも言えない光を帯びる。後悔しているのか、詫びているのか。

 

「……だが最初はラヴィニアに事情を話そうと言ったクラウドを、止めたのは俺だよ。ラヴィ、君は俺を責めてもいいんだ」


 いけ好かない狸で、上昇志向が強く人を煙に巻いてばかりの男だが、ブライトンが仲間を大切にしていることはこの場にいる誰もが知っている。秘密にされていたことは水臭いと思うけれど、もう責める気持ちはなかった。

 顔を上げると、ギルも仕方がない、という表情を浮かべている。

 

「この期に及んで責めるものですか。しゃんとなさい! アルフレッド・ブライトン! それが最良だと判断したんでしょう? この、ラヴィニア・ダルトンのライバルたるあなたが」






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