56.目的
「……わかったよ」
降参とばかりに、ブライトンは両の手のひらを見せて掲げた。
人数分のお茶を入れると、六人はぐるりと円になって椅子に座る。
クラウドとブライトンは立場上情報交換をする為に度々昼食を共にしていたが、その時間はさほど長いものではない。時間は限られている為、この密会を外部に知られたくないブライトンはもう渋ることもなく前置きもなく喋り始めた。
「ツバサを……聖女を狙っているのは、アキト殿下だ」
「……!」
ラヴィニアは口元を手で覆って、小さな悲鳴を押し殺す。驚いたものの『やはり』という気持ちが強い。視線をやると、アウローラも難しい表情で頷いた。
「お茶会の時の殿下の様子は随分おかしかったものね。ツバサを食い入るように見つめていたし、ちょっと怖かったわ」
その言葉に、視線だけで相槌を打つ。ラヴィニアも、あの時の彼の尋常ではない様子が気になっていたのだ。
「アキト殿下が陛下の私生児なのは有名な話だが、彼は……王位を狙っている」
「王位継承権がないのに? ……殿下はどうやって王位を得るつもりなんだ」
ギルが眉を顰める。
ジョルジュ陛下はまだまだ健勝で、王妃も若く健康だ。グレアムの下に王女殿下も存在することを考えれば、王位を狙う手段が穏やかな方法だとはとても思えない。ギルは騎士として、この話を秘密にされていたことに憤っているのだ。
だがブライトンは視線を合わせずに続ける。
「……以前からアキト殿下は、第一王子であるグレアム殿下の力を削ぐことを画策していた」
そこからは、クラウドが話を引き取る。
その際にふと気になって、ラヴィニアはブライトンの横顔を注視した。彼も、ブライトン男爵の正妻の子ではない。それが彼という存在を損なうことはないとラヴィニアは考えているが、自分の知らない苦労があったであろうことは想像に難くない。
アキトとブライトンの境遇の奇妙な一致、と捉えるのは考えすぎだろうか?
「宰相はそれを把握していたがアキト殿下のやり口は巧妙で、直接グレアム殿下や別の誰かを害するものではない為、止めることも捕まえることも出来ないんだ」
「決定的な証拠もないのに、清廉潔白で真っ向勝負の騎士団にこの話は出来ないさ。俺の苦労も考えてくれよ、友よ」
ブライトンがふざけた口調でギルに言うと、真っ直ぐな騎士の碧眼が細められた。ギルは騎士の中では清濁併せ吞む珍しいタイプだが、ここまで重要な話ならば第三隊長という立場として上に報告せざるを得なかった筈だ。
だが、この話が広がればアキトは逃げてしまい、二度と尻尾を掴ませてはくれないだろう。
クラウドの話は、続く。
アキトはグレアムに直接危害を加えるのではなく、第一王子派の者に罠を仕掛け失脚させていった。水面下で宰相側でクラウド達の暗躍があり、何件かは未然に防ぐことが出来たらしい。
その甲斐もあって、ローザ・メイヤーの事件があって五年経っても表立って大きな情勢に変化は起きていないのだ。
「そんなことになっていたの……」
自分達のはるか頭上を越えて、宰相にまで既にこの話が把握されていたことに、ラヴィニアは驚いた。
事がそんなに大きなことになっているのならば、一介の民間人である自分には手に負えないし、そもそも介入する隙もないだろう。きっと下手に手出しをすれば邪魔になってしまう。
ううん、と小さく唸って視線を巡らせると、エイデンが律儀に時間を計ってくれているのが見えた。
ブライトンとクラウドの会食を想定する時間は、短い。
「……五年前の第三隊長であるドミニク・ファネル氏も第一王子派だった。ローザ・メイヤーとラヴィが同行した、討伐任務での怪我が元で除隊することになったが……」
思い出したようにギルが言うと、クラウドは頷く。
「ファネル氏だけではなく、主だった第一王子派の者はこの五年の間に様々な理由で王城を追い出されている」
「……とはいえ今残っている者が第二王子派だという確証もないが」
ブライトンが指折り数えて名を上げていく。ラヴィニアはハッとして口元を手で覆った。
「あ……じゃあ、当時の魔術師団長だったジャック・コールも?」
「いや、彼は第二王子派だ。ローザ・メイヤーの失敗を責任を取らされてトカゲの尻尾として切り捨てられたんだよ」
「そんな……」
青褪めて椅子に座っていてもフラついたラヴィニアを、隣に座るギルがすかさず抱き留める。
「大丈夫か?」
「うん……ありがとう」
お礼を言うと、ギルの碧眼が今度は心配そうに細まった。今のラヴィニアには平気な顔をして微笑む余裕はない。
そういった経緯ならばジャック・コールがやけにローザ・メイヤーに甘かったことも、事件の後にすぐに責任を取って辞任したことにも納得だった。当時はそんなに早く事が動くものだろうか? と疑問に思ったものだが、指示していたのが第二王子ならばあり得ないことではない。
しかもアキトは今でこそ地方の領主として中枢の政治とは離れて過ごしているが、五年前は王城内で王子として公務に携わっていたのだ。
「アキト殿下には後ろ盾がいない。だから彼は同郷のローザを使って人を陥れ、グレアム殿下の力を削いできたんだ」
「ローザを使って……?」
「彼女の功績は別の者の功績を奪ったものだし、学園卒だという経歴も捏造だった」
だからラヴィニアがローザ・メイヤーの研究を手伝うことになった時、ブライトンはいい顔をしなかったのか。あの時点ではローザに関することは噂の域を出ておらず、ラヴィニアには忠告するぐらいしか出来ることがなかったのだろう。
ローザの経歴が嘘まみれで、それがアキトの計画の為だと発覚したのは皮肉なことに五年前の事件があったから。
たまたまラヴィニアの同級生であるここにいる彼らは飛び抜けて優秀だったから、王立学園の卒業してすぐに王城勤めをしているが、ローザの卒業したとされている年の他の生徒は王城には勤めていない。記録だけならば、アキトの立場があれば捏造出来てしまう。
そしてあの事件で魔族を召喚してアキトの力にする計画が、ラヴィニアの所為で破綻したのは彼らにとっては予想外の出来事だった。
「魔術師団長のジャック・コールに責任を押し付けて切り捨てたものの、急拵えだった所為であちこち綻びがあってな。そのおかげでアキト殿下とローザを繋ぐ証拠なども抑えることが出来た。が……」
そこまで言って、クラウドは眉を顰めて舌打ちをする。
「失敗したと悟ったアキト殿下は領地に引っ込んでしまい、以降この五年間ほとんど王都には来なくなってしまった。こちらが明確に握っているのはローザとの繋がりの証拠だけだ。だがそれだけでは彼を追い詰めるには弱い」
ブライトンがそう言って、それからこちらを見た。その表情を見て、ラヴィニアはピンときた。
「……アキト殿下は、魔族の代わりに聖女の力を使うつもりなのね」




