55.魔術師を拉致監禁
少しずつおかしな空気になっていっていることを、ラヴィニアは肌で感じていた。
何度言っても、ブライトンが先の一件について事情の説明にやってこないこともひどく引っかかる。
ならばラヴィニアの方から聞きに行く、といえばそれはそれで予定が合わないと突っぱねられたり、もしくは当日にすっぽかされることすらあった。
しかしそこまで忙しいのかと思えば、ツバサの聖女としての仕事場や魔術の訓練には良く付き合っているらしい。
どうにも、おかしなことだった。
これは五年前にも感じていたことであり、今が幸せ過ぎるので考え過ぎなのではないか、と何度もその思いを打ち消してきた。
しかし、以前もこんな風に自分の思い込みだろう、と放置していた所為で引き返せないところまで事態が進んでいってしまっていた。もう二度と同じ間違いはしない、とばかりにラヴィニアは自ら動くことを決めた。
なので。
アウローラとクラウドに頼んでブライトンを罠に嵌めて、エイデンの錬金術師棟の個室へと留めてもらった。
「おいおい、どういうつもりだ。これは拉致監禁だぞ、立派な犯罪だぞカーヴァンクル夫人」
随分抵抗したので縄でぐるぐる巻きに椅子に縛り付けられたブライトンは、ほとほと呆れた様子でそう言った。この後に及んでもまだ狸の化けの皮を脱いでいないところがいかにも彼らしい。
ちなみにブライトンを椅子に縛り付けたのはギルだ。彼はちょっとブライトンに対して同情的な視線を向けてはいるが、助けるつもりはないようだ。
「どういうつもり、こちらのセリフよアルフレッド・ブライトン。私は何度も説明に来なさいと言ったはずよ!」
ブライトンの前に仁王立ちしたラヴィニアは、腕を組んで彼を睨み付ける。
今日はアウローラのプロデュースである光沢のある黒のドレスを着ていて、物語の悪い魔女そのもののように飾り立てられている。
顔を近づけて至近距離で睨むと、嫌そうにブライトンは顔を引いた。失礼な話である。
「……だから、忙しいんだって」
「あら、苦しい言いわけだこと。昨日は一日中ツバサの訓練に付き合って、今日はクラウドと昼食の約束をしていたぐらいなのに?」
「くそ……裏切ったな、クラウド」
ラヴィニアの後ろに控える保護者達に向けて、ブライトンは文句を言う。
「観念なさいな、アルフ。私の可愛いラヴィニアが知りたい、と言うことは須く彼女の前に提示されるべきなのよ」
「親バカは黙っててくれ」
「まぁ、可愛くない!」
アウローラが居丈高に言うと、ブライトンは吐き捨てた。それを聞いていきり立つ彼女の隣で、クラウドは腕を組む。
「だが俺も同意見だ、アルフ。ラヴィがこうと決めたなら、俺とお前が抵抗しようとも必ず暴かれるに決まっている。何せローラとエイデン、ギルの三人はラヴィに骨抜きだからな」
「お前もだろう、クラウド」
ブライトンはなおも恨めしげにクラウドを睨んでいたが、クラウドの方は肩を竦めただけだった。
「……ちょっと待って。今の話の流れだと、私に事情を隠蔽してたのはクラウドもってこと?」
「ああ。王城内でのややこしい件なら、俺が知らないわけないだろう?」
「くっ……確かに、盲点だったわ」
「ギルに口止めしてたのはアルフだから、あいつも俺が関係してるとは知らない。まぁ、薄々気づいていたかもしれんがな」
クラウドはまた嫌味っぽく肩を竦めたので、彼の足を踏もうとラヴィニアは奮闘したがあっさりと交わされてしまった。しかし、避ける為に一歩引いたクラウドに、アウローラが渾身のパンチを彼の腹にめり込ませた。
「ぐっ……! テメェ、ローラ……!」
「可愛いラヴィに隠し事をして、今まで知らんぷりしてたなんていけない人ね」
にっこりとアウローラは微笑んでいる。
公爵夫人であり、淑女然としているものの彼女も立派な学園卒業生であり、学園には戦闘訓練もカリキュラムに入っている。そしてアウローラはとてもお転婆なのだ。
「ただ隠してただけじゃないぞ? その方がラヴィニアとツバサを守ることになると判断したからだな……」
なおも言い募ろうとするクラウドの耳を引っ張って黙らせると、アウローラは微笑んだままラヴィニアの方を向いた。
「さぁ、可愛いラヴィ。露払いは済ませて差し上げたわ」
「ありがと、ローラ。大好き!」
「ああん、もっと言ってちょうだい」
アウローラは笑顔を深める。そんな彼女に抱きついて、それからラヴィニアは再びブライトンへと向き直った。
「私とあなたが会って話すことは何か都合が悪いんでしょう? だからあなたはこの時間、クラウドと昼食を摂っていることにしてあるわ。それからこのエイデンの個室は、盗み聞き防止の魔術具で守ってもらってる」
ラヴィニアがそう言うと、その後ろでまだ未発表の魔術具を指差してエイデンが誇らしげに笑っていた。
「おっそろしい女だなぁ……こっちがどうやって打ち明けようか悩んでたのがバカみたいじゃないか」
「違和感を抱えてただ待ってるだけじゃ、いつの間にか手遅れになるって五年前に学んだのよ。それに……一人ではどうにも出来ないことでも、仲間に助けを求めれば助けてもらえるってことも」
ラヴィニアが手を伸ばすと、ギルが心配そうにしながらもナイフを渡してくれた。それを使って、ブライトンを縛っていた縄を切る。
「さぁ、話してブライトン。ツバサが何かに巻き込まれようとしてる。だったら、私には聞く権利があるわ、母として」




