54.綻びを追う
そんな風に話している間に先程のメイドが食事のワゴンを押して戻ってきた。
ワゴンにはポットに入った湯気のたつスープに、鶏肉のコンフィ、温野菜、ふかふかのパン。小さなデザート皿まで付いている。
「いつもは仕事しながら食べるから、片手で摘めるものにしてるんだが」
「お待たせいたしました」
「ありがとう、あとはこちらでやる」
クラウドはワゴンを引き取ると、メイドを下がらせた。ラヴィニアが不思議そうに見ている間に、クラウドはテーブルに料理を並べ、果実水までグラスに注いでくれる。
「よし、食うか」
「ありがとう。……男の人ってこんなに食べる量が少ないものなの? ギルはもっとたくさん食べるけど」
「体が資本の騎士と比べるな。俺は昼からも書類仕事があるからな、満腹になるほど食べはしない」
ツバサと共につい食事の際はお腹一杯食べて昼以降は常に眠いラヴィニアは、勤め人の考え方に感心する。
「えらい……」
「……伸び伸び生きてるんだな、お前」
クラウドは呆れ半分、安心半分といった表情で笑った。
コンフィは柔らかく、ソースに果実が使われているのか微かに甘い。ナイフを入れるとするりと切れた。
「美味しい」
「うん……お前はもっと食べろ」
「心配性ね、お父さん」
ラヴィニアが笑うと、クラウドもニヤリと笑う。
「最近ローラとは会ってるのか? あいつ、お前に会えないとすごく機嫌が悪いんだが」
「会ってるわよ。つい最近もローラのお茶会にツバサと一緒に参加したんだけどね、ローラの旦那様のキース様だけじゃなくなんと両殿下まで参加されたのよ」
他愛のない話のつもりでそう言うと、クラウドが手にしていたナイフがぴたりと止まった。彼にしては珍しい顕著な様子に、ラヴィニアは首を傾げる。
「クラウド? どうしたの?」
「両殿下……グレアム様と、アキト様か……?」
「ええ。グレアム殿下は元々参加の予定だったみたいだけど、アキト殿下はたまたま城にいらしていたようで皆驚いて……え、なにか、問題あるの……?」
クラウドは宰相補佐だ。例えば、アキトが城に来ていること宰相側が知らなかったとか、そういう彼らにしかわかり得ない事情があるのだろうか。
だとしたらアウローラの方からクラウドに話がいってそうなものだし、ラヴィニアも他愛のない話としてではなくもっと早くクラウドに言うべきだったのだろうか。そう考えて不安になり、彼の顔を伺った。
しかし、ラヴィニアの不安を見てとったクラウドは、すぐに表情を普段のものに切り替えて冷静な姿を取り戻す。
「いや、アキト殿下は城に滅多にいらっしゃらないし、民間人との茶会に参加するなんて驚いただけだ」
「……本当に? なにか、問題があるんじゃないの?」
「ない。気にするな、ラヴィ」
ラヴィニアを安心させると共に、クラウドは全ての情報をシャットダウンさせたように見えた。
ただ驚いただけではないのだろう。
「……そう」
しかしクラウドがそう言うのならば、民間人であるラヴィニアが話として聞けるのはここまでなのだ。根掘り葉掘り聞く権利がない。
妙な具合になってしまった空気を払拭する為に、ラヴィニアはクラウドのデザートにフォークを突き刺した。
その後しっかりと食後のお茶までいただいてからクラウドとの食事を終え、ラヴィニアは屋敷へと帰る馬車に揺られていた。
「……このままでいいのかしら」
クラウドは明らかになにか気にかかることがあるようだった。
あの後もお茶会での話を根掘り葉掘りというわけではないが、それでもさりげなくアキトがどんな様子だったかを聞かれたのだ。
もしもラヴィニアがそこに注意していなければ気づけないほど、さりげなく。
車窓からの見る王都は、今までと何も変わりないように見える。五年前も、何も変わりないように見えたが、突如として日常は終わりを告げたのだ。
些細な違和感をそのままにしておいて、ラヴィニアは五年前に痛い目に遭ったではないか。
「……いえ、このままでいいわけないわよね」
大切な人と自分を守る為に戦う決意をしたばかりなのだ、目の前に違和感を提示されたのならばそこから攻めていくしかない。
ラヴィニアは鋭く呟くと、馭者に王城へと戻るように命じた。




