53.宰相補佐に遭遇
それぞれに役目を果たしている内に、日々は慌ただしく過ぎていく。
元々研究好きのラヴィニアは自分で魔法石にオリジナルで術式を施すこともあったので、錬金術師向きでもあり、錬金術師棟での聖女謹製の魔法石の研究はエイデンが受け持ってくれているので、作業は楽しいしとても学びがあった。
しかし魔術師棟には五年前にも在籍していた魔術師も多く、以前ラヴィニアを口撃してきたユリア・ジョルダンほどではないが、概ね良く思われてはいない。
「これが魔術理論を纏めたものです」
「……ありがとうございます、カーヴァンクル夫人」
「え、ちょっと……!」
ラヴィニアが書類を差し出すと若い男性魔術師がそれを受け取り、素気なく返事をされる。何か言おうと口を開いたが、彼はさっさと自分の机に戻って行ってしまった。
「……躾がよく行き届いてること」
ラヴィニアはヤレヤレと溜息をつく。
このように魔術師達の態度は冷たく、気にせず接してくれるのは相変わらず気のいいヘニング卿とブライトンぐらいだった。
現在魔術師団長と副師団長が快い態度で接してくれているのに、部下である他の魔術師達の態度が冷たいということは、どれほどラヴィニアが嫌われているのか察せられるというものだ。
とはいえ、ヘニング卿とブライトンはそれぞれの役職で忙しくしているので、魔法石に魔力を込める研究は他の魔術師達と行う必要がある。
あからさまに何か仕掛けられることはなかったが、腫れ物に触れるような扱いはそれだけでラヴィニアの神経を消耗させていった。
本来ならばもっとディスカッションを交わして魔術理論をブラッシュアップさせたかったし、彼らの意見を聞いてみたい。だが、現状では無理だと明らかだった。
自分の作業分を終えてしまうと、ラヴィニアにはもうすることがない。元々ここには仕事として来ているのではなく、アドバイザーとして参加しているだけなのだ。ジョルジュ陛下に告げた通り、魔術師に復帰するつもりもない。
そしてラヴィニアが魔術師棟にいると、皆がピリピリしているのを肌で感じるのでそれもそれで彼らの仕事の邪魔をしているかのようで気分が悪い。入り口に一番近い席の、若い魔術師に暇を告げてラヴィニアはさっさと帰ることに決めた。
「先に失礼させていただくわ」
「……」
チラリと視線だけがやってきたが、返ってくる言葉はない。彼らはラヴィニアにどう接していいのか分からないのだろう。勿論それで構わない。
今は聖女謹製の魔法石の為に一時的に王城に通っているだけであって、それが終わればラヴィニアが王城に来る理由はなくなるのだから。
「もう少し長い付き合いになるのなら、関係性を良好にすべきだけど……」
ブツブツと独り言を呟きつつ、ラヴィニアは廊下を歩く。腫物に触るような扱いを、快く思っているわけではないのだ。
妻に甘い夫は、ラヴィニアが登城するのに不自由がないようにと専用の馬車を用意してくれた。それに乗ってしまえば好きな時間に帰宅することが出来る。
ちなみにツバサは王城からの送迎があり、グラウが常に付き添っている。今や二人はすっかり仲良しだ。
帰宅の為に門へを向かうべく人気の少ない廊下を進んでいると、向かいからクラウドが歩いてくるのが見える。
「クラウド!」
「おお、なんかこんなとこで会うなんて奇遇だな。昼食は摂ったか?」
「まだ。でももう帰るつもりだから、屋敷で何か作ってもらおうかな、て……」
王城で働いていたことのあるラヴィニアは、食堂の位置も使い方も当然把握している。だが長居する気になれなくて、ちょっとの空腹ぐらいは無視して作業を進め早く帰るようにしていた。
だから今は昼休みの時間を大幅に過ぎていて、ラヴィニアが昼食を摂っていないと言うとクラウドは器用に片眉をあげた。
「俺もまだなんだ。この後用事がないなら、ちょっと付き合え」
「いいけど……」
そう言うクラウドに伴われて向かったのは、彼の執務室だった。
宰相補佐として働くクラウドには、個人的な執務室が与えられていてそこには豪奢な家具が配置されている。ふかふかのソファに座ると、メイドがすぐさま温かいお茶を持って来てくれた。
「すごい。好待遇なのね」
「まぁこのまま行けば、次の宰相は俺になるだろうからな」
そう言って、クラウドはお茶を持って来てくれたメイドに何事かを命じ、彼女は綺麗にお辞儀をして部屋出ていった。
「学生の頃、クラウドも騎士になるのかと思っていたわ」
カップに触れると温かく、お茶は飲むのにちょうど良い温度だった。温かいお茶を飲むとホッとして、自然と空腹を思い出した。
「ギルに剣で勝てないのに、騎士になっても仕方ないだろ。奴に出来ないことで見返してやろうかと思ってな」
「皆負けず嫌いなんだから」
「その筆頭が良く言うよ」
ラヴィニアが苦笑して嫌味を言うと、ピシャリと言い返された。二人して視線を合わせてニヤリと笑う。
それからクラウドはふと真面目な表情に戻して、ラヴィニアをじっくりと見つめた。
「少し痩せたか? ギルの屋敷でちゃんと食事は出てるんだろうな?」
「相変わらず心配性なのね、お父さんは」
「お母さんの方が心配性だろう」
「ローラは心配する前に、私の口に食べ物を突っ込んでくるわよ」
クラウドが父で、アウローラが母。ラヴィニアを心配する両親ごっこは健在だ。
彼は叔父である現宰相の娘である従妹と結婚していて、血の繋がった子の父になる日もそう遠くないだろう。
五年の歳月で変わらないものもあるが、友人達は確実に先に進み変わっていっている。




