49.ずっと一緒
連載再開します!
本年もどうぞよろしくお願いします!楽しんでいただけますように。
顔色の悪いラヴィニアと、ラヴィニアを抱えるようにして乗り込んだギルを、馭者が気遣ってくれたのか馬車はいつもよりもややゆっくりと、そして振動が少なく進んでいく。
ギルに抱きしめられた姿勢のままじっとしていたラヴィニアだったが、心地よい振動と夫の体温にだんだんと冷えた心も体も落ち着いてきた。
「ありがとう、ギル」
「もう大丈夫なのか?」
「うん。あなたのおかげだわ」
ラヴィニアが自然と微笑むと、ギルもようやく肩から力を抜いた。
しかしそうなると、ラヴィニアは今更ながら何故自分達は屋敷の馬車に乗って帰宅しているのかという疑問を抱く。
城から屋敷まではさほど遠くはないし、普段のギルは騎馬で出勤している筈なのに、通用門に馬車が停まって待機していたことにラヴィニアは首を傾げる。
「……ところでギル。どうして今日は馬車で出仕したの?」
不思議そうな妻の視線を受けて、しばらくギルは視線を彷徨わせていたがやがて白状した。
「……ラヴィニアやツバサが茶会を終えて帰る時間に合わせて、俺も一緒に帰ろうと思っていて……」
「まぁ……隊長さん、そんなことしていいの……? 仕事はきちんとしているんでしょうね?」
どうにも結婚してからこちら、ギルの帰宅時間がどんどん早くなっていっているように感じる。まさか第三隊長自ら仕事を疎かにしているとは思いたくないが、ラヴィニアと結婚した所為でギルの評判が下がるのは嫌だった。
ラヴィニアが居住まいを正して真っ直ぐにギルを見つめると、彼のほうもしっかりと視線を合わせてくる。
「実は……第一隊に移らないか、と打診が来ていて……その所為で最近は騎士団の会議に駆り出されてばかりなんだ」
どの程度会議が長引くのか予想が付かない為、第三隊の方でギルに魔物討伐任務は割り振られていない。
以前ならば一騎当千の第三隊長不在は隊にとって痛手だったが、今は聖女の魔法石があるので、他の騎士達でも安全に任務を回せているのだ。
そんなわけで、会議が終わればギルは時間が空いてしまうのだという。
「部下の訓練は指導しているんだが、討伐任務が入っていれば当然騎士は訓練場にいないから」
「まぁ……でも騎士達の任務が命がけの危険なものじゃなくなってきたのは、いいことね」
ローザと共に参加した第三隊の魔物討伐任務を思い出して、ラヴィニアは思わずギルに抱き着く。
元々魔物が恐ろしいものという認識はあったが、実際の現場は本当に凄惨で恐ろしかった。ギルが騎士として非常に強いことは知っていたが、それでもラヴィニアは心配でたまらなかったのだ。
聖女としてツバサが戦場に連れて行かれそうになっていた時は、騎士や魔術師が戦場に出るべきだと主張していたが、それは彼らの職業に対する責任の話をしていたのであって心配していなかったわけではない。
ラヴィニアにとって、どれほど訓練を受けていようとも戦場に出る者の誰のことをも心配なのは、大前提だ。
「……第一隊に移ることに関しては、どう思う?」
珍しく迷っているらしいギルに、ラヴィニアは目を丸くした。
「あなたが私に、自分の仕事のことで相談するなんて珍しいわね」
「以前は俺は一人だったから自分でなんでも判断していたが、今は家族がいるだろう? あとでツバサにも話そうと思っている」
その言葉を聞いて、ラヴィニアはふと微笑んだ。
ラヴィニアが何かを失うことを家族の為に恐れるように、ギルも自分の仕事の節目に家族のことを思ってくれているのだ。
ギルとは出会ってからもう何年も経っているがこうした些細な考えの一致に、改めて彼のことを愛している、と感じる。
「……一般的に考えて、三隊から一隊への移動は喜ばしいことなのよね?」
少し考えてラヴィニアが訊ねると、ギルは頷いた。
「そうだな、二隊は王都警備、一隊は王族の警備……つまり近衛だから人数も少ないし、選ばれし精鋭……と言われているが」
「含みがあるわね」
「平和なこの国の、しかも王城内で働くものが精鋭、とはちょっと怪しいだろう?」
ギルは苦笑した。
実際、王城内には騎士ではなく衛兵も大勢勤務しているし、王都を守っているのだって二隊だけではない。
あくまで騎士団は王城が抱える戦力であり、城には衛兵が街には警ら隊がそれぞれ守護職務についているし、地方都市にはその都市で雇われている警備がある。
第三隊だけは各都市にも王城から一隊が派遣されていて、これは地方勤務と呼ばれている。現在ギルは第三隊王都支部の長、といったところだろうか。
「まぁ……一隊は高位貴族の者が多いし、俺が最初に配属されそうだったのもその所為だと思う」
ちょっと眉を顰めてギルはそう言った。
彼の思いに寄り添いたくなって、ラヴィニアはこてんと頭を預ける。
かつてラヴィニアが、貴族令嬢や女としてではなく一人の魔術師として認められたがっていたのと同じように、ギルも高位貴族の令息としてではなく一人の騎士として実力を認められたい、と望んでいるのだ。
その気持ちはよく分かる。
そして彼は十分に実力を示し、その結果第三隊の中で最も強い者が就くことの出来る隊長という立場を手に入れたのだ。それでもまだギルにとっては満足出来ない評価なのだろうか?
ラヴィニアがギルの碧眼を覗き込むと、彼は困ったように微笑んだ。笑顔が可愛い。
馬車の揺れに合わせるように一層強く腰を抱き寄せられて、ラヴィニアもその心地よさに目を閉じた。
五年の間ラヴィニアを常に物足りない気持ちにさせていたのは、魔力貯蔵器官を失った所為ではなく彼の不在の所為だったのだと、今なら分かる。
まるでパズルのピーズがピッタリとはまるように、ギルの体とラヴィニアの体が綺麗に寄り添うのだ。その体温や息遣い、鼓動すらも心地が良い。
「……騎士団に関しては私は門外漢だから、何か言うことは出来ないわ。でも、あなたが何を選んでも、私達はずっと一緒よ」
ラヴィニアが微笑むと、ギルの目元が和んだ。
恐らくギルはラヴィニアと結婚した所為で、王城内で微妙な立場になっているのだろう。ラヴィニア自身には何の力も地位もないが、聖女の母親であり後見人という立場には意味がある。
「ありがとう」
ギルがラヴィニアの手をとって、恭しく手の甲にキスを落とした。




