48.冷えた手に、ぬくもり
茶会が終わるとグレアムとアキト、キースの男三人は仕事に戻って行った。キースは公爵として、王子たちの公務の手伝いをしているのだ。
そしてツバサは今日は休みの予定だが、聖女としての職場の皆にドレスアップした姿を見せたい! というので護衛のグラウを引っ張って行ってしまった。
ユディット公爵家の馬車でアウローラに送ってもらう予定だったので、ツバサが戻ってくるまでラヴィニアはアウローラと二人でそのままガゼボで待つことにする。
「付き合わせてごめんね。お子さんもまだ小さいのに」
「いいのよ。子供達のことは優秀な乳母に任せてあるし、あとで目一杯一緒に過ごすから」
予定外にアウローラを留めておくことになったことを詫びると、本人はケロリと笑う。
親友であるラヴィニアに対する愛情の傾け方から想像するに、アウローラの言う『目一杯』はさぞかし凄そうだ。
「それにしても、キース様には何度かお会いしたことがあるけど、両殿下がいらっしゃるとは思わなかったわ」
「グレアム殿下は気のいい方だし、キースと兄弟のように仲がいいの。前々からラヴィニアに会いたいとうるさかったのよね……」
ラヴィニアが聞いてないぞ、とチクリと嫌味を言うと、アウローラは扇を煽いで受け流す。一国の王子にうるさいだなんて言う淑女は、彼女ぐらいだろう。
「アキト殿下がいらしたのは、私も驚いたわ。王子としてではなく、今はフェイテル領主として忙しくしておられる方だし」
アキトの生まれ故郷であるフェイテルは、王都から離れてはいるが大きな街だ。悪い言い方をすれば、そこに領地を与えられアキトは追いやられた、とも言える。
ラヴィニアは先程あったばかりの第二王子を思い出して、少し眉を顰めた。
精悍な美青年で終始笑顔だったが、どこかアキトには影がある。
そのひんやりとした雰囲気が今は亡きローザ・メイヤーを彷彿とさせて、ラヴィニアは本能的に苦手だと感じてしまったのだ。
勿論そんなことは不敬なのでとても口には出来ない。
そこでふと、ローザがフェイテル出身であることを思い出してラヴィニアは奇妙な一致に唇を噛んだ。
友の気配が変わったことをアウローラが敏感に察して、ラヴィニアの手を握る。
「ラヴィ?」
「ラヴィニア」
アウローラの声とガゼボの外からの声が重なり、二人の夫人はハッとそちらを見遣った。
驚いたことに、騎士服姿のギルが速足でこちらまでやってきて、そのままラヴィニアの足元に跪く。
「ギル? どうしてここに?」
「仕事が早く終わったので、もし時間が合うようなら一緒に帰ろうかと……それより大丈夫か? 顔色が悪い」
ギルの大きな手の平がそっと頬に触れ、労わるように撫でられる。その優しい感触にホッとして、ラヴィニアは体から力を抜いた。
五年前に王都から放り出された時はもう状況は全く違うのに、気持ちの悪い蟠りが残っている所為でラヴィニアは時折、わけもなく不安な気持ちになるのだ。
かつてラヴィニアは、ギルやアウローラ達と共に過ごす日々が続いていくのだと信じて疑いもしていなかった。だが突如として平和で満ち足りた生活は奪われ、ラヴィニアの手元には何も残らなかったのだ。
ラヴィニアが生き続けられたのはアウローラ達との約束と、あの夜に足元を照らしてくれた小さな灯りがあったから。
「……ラヴィ。本当に顔色が悪いわ、このままギルと先に帰りなさい。ツバサちゃんは私が責任を持って送り届けてあげるから」
アウローラに明るく言われて、ラヴィニアの紫の瞳が揺らいだ。すかさずギルが抱きかかえるようにしてラヴィニアを立たせる。
「そうしよう。ツバサも王城には慣れているし、ラヴィの具合が悪いままここで待たせていたほうが心配するに決まっている」
双方からそう言われて、ラヴィニアはしょんぼりとしつつ頷いた。
平気だと言い張ることは出来るが、可愛い娘に心配をかけるのは嫌だ。ここは大人しくギルと共に帰るべきだろう。
アウローラに礼とお別れの挨拶を告げて、ギルに手を引かれて庭園を後にする。王城の廊下を歩く人々は皆、騎士団第三隊長が恭しく扱うラヴィニアのことを驚いた眼で見ていたが、ギルは気にした様子もなく門までエスコートしてくれた。
王城で働く者が使用する通用門の脇には、ギルの屋敷の馬車が停まっていた。
「ラヴィ……本当に顔色が悪い。大丈夫か? 最近忙し過ぎたか?」
馬車が出発するなり、ギルはラヴィニアの肩を抱き寄せて労わるように頬に触れる。それに甘えながら、ラヴィニアはまた安堵の溜息をついた。
これまでだって、ラヴィニアは聖女の力の代わりになる方法を用意する為に王城に滞在していたし、今だって魔術師や錬金術師と連携する為に頻繁に王城に来ている。
五年前の事件のことがフラッシュバックしたり、その所為で具合を悪くする、というようなことは今までなかったのに、何故今日に限ってここまで恐怖を感じているのだろう。
まるで魔力貯蔵器官を奪われた時のような、身の内から凍っていくかのような恐ろしさ。
「……しばらく、このままでいて」
つい甘えたことを言ってしまったが、ギルは無言で肩を抱き寄せる力を強くして開いている手でラヴィニアの手を握ってくれた。
なにかあったのか、と問われたとしても返せる言葉はない。実際、なにもないのだから。
ギルはラヴィニアを問いただしたりはせず、ただ手を握ってぬくもりを分けてくれた。




