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魔女の凱旋  作者: 林檎
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47.疑惑の第二王子様

 

「キース! お前の妻は不敬だぞ」


 すかさずグレアムが声を上げたが、キースはニコニコとしている。

 ラヴィニアはさすがに王子に対するアウローラの物言いにぎょっとしたが、キースと幼い頃から婚約していた彼女にとってはグレアムも親しい相手なのだ。


「僕の奥さんは最高だよ。彼女がそう言うなら、ラヴィニアさんはグレアムの誘いなんて全部無視しちゃったらいいと思う」

「この……! 嫁べた惚れ男め!」

「うんうん、グレアムも早く真実の愛を知るといいよ」


 明らかにグレアムは怒っているのに、キースは分かっているよ、とばかりに慈愛の表情を浮かべている。全く嚙み合っていない従兄弟だ。


「俺は王族だぞ? 好きな相手と結ばれることなぞあるものか!」

「僕は結ばれたけど?」

「お前の場合は親の勧めた婚約者に一目惚れしただけだろ!」


 ツバサは勧められたクッキーをぽりぽりと食べながら、グレアムとキースの言葉のラリーを見守っている。黒い瞳の視線が二人の間をきょろきょろと動く様は可愛らしいが、目が回ってしまないか母としては心配だ。

 そこでグレアムの言葉に、キースが一転して激しく熱を帯びた口調となった。


「一目惚れだなんて失礼な! 毎回毎秒ローラを見る度に僕は彼女に恋に落ちているのに!二目惚れも三目惚れも一万目惚れも!」

「熱弁するな暑苦しい!」


 この従兄弟のしょうもないやり取りはいつものことなのか、メイドは粛々とラヴィニアとツバサにお茶を用意してくれている。アウローラもツバサと同じ様にサクサクとお菓子を食べているぐらいだ。


「あ、ツバサちゃん。ここのケーキ美味しいのよ、たくさん食べてね」

「ありがとうございます、ローラさん」

「まぁ、ちゃんとお礼が言えるなんて天才ね! さすが私のラヴィの娘だわ」


 ちょっと猫可愛がりしすぎではないだろうか。

 アウローラの方でも、この五年の間ラヴィニアを構えなかったことがとてもストレスだったらしい。

 二人の息子の世話をして、公爵夫人としても十分に活躍し、妻大好きな夫と過ごす時間も大切にしつつも、ラヴィニアとツバサを構おうとしてくれるのだ。

 かつてラヴィニアは、自分がなにもかも失ったと考えていたがアウローラからも親友を奪っていたのだということも、こうなってみてようやく分かった。

 だからこそ、アウローラの愛情を遠慮なく受け取るようにしている。温かくて優しくて、とても強い彼女の愛は、五年前の事件以降人から距離を取りがちになってしまったラヴィニアにとってとても心地が良いのだ。


 そんなわけで、ラヴィニア自身は権力も物理的な力も今更望んではいないが、いざという時にツバサを守ってくれる人は多いほうがいい。

 アウローラも同じように考えていて、今回のように王子とお茶会をして伝手を作っておけ、ということなのだろう。

 キースとのやり取りがようやく落ち着いたらしいグレアムは、テーブルを挟んで向かいの席にちょこんと座るツバサに声を掛けた。


「聖女とは直接話したことはないが、何度か顔を合わせたことはあるな」


 アウローラとラヴィニアの間に座っているツバサを見て、グレアムは興味深そうに瞳を輝かせる。


「はい。こんにちは、王子様」

「うん、こんにちは。今日は来てくれてありがとう。君と、君の母上と話してみたかったんだ」


 にこ、とグレアムは人好きのする笑顔を浮かべた。

 これはこれで、魅力的な王子様なのだろう。快活で、闊達。裏表のない様子だが、一国の王子がそこまで単純な筈はない。


 ラヴィニアとしてはグレアムがいざという時にツバサに味方してくれるのならば有難いが、グレアムの方でラヴィニアに近づくメリットはなんだろうか。

 聖女であるツバサに会いたいならまだしも、その養い親であるラヴィニアに会いたい明確な理由が思いあたらない。

 随分と疑い深い性格になってしまったな、と内心で自分に辟易するが、五年前のように人を簡単に信用して失敗することだけは避けたいのだ。以前はラヴィニアは一人だったが、今はツバサもギルもいる。

 そんなラヴィニアの疑心暗鬼な気持ちに気づいたのか、ツバサと談笑していたグレアムがこちらに視線を移す。


「そんなに警戒するな、ラヴィニア。聖女の母親でアウローラの親友、第三隊長の愛妻を見てみたかっただけだ」

「光栄です」

「うーん、守りが堅いな」


 グレアムは苦笑すると、ふとラヴィニアの向こうを見て一瞬だけ視線を揺らした。

 ラヴィニアの背後はガゼボの入り口があり、誰かがやってきたのだろう。自然な動作でラヴィニアもそちらを振り返る。

 そして何故か、ゾッとした。


「ずるいな兄上。俺にも紹介してくれよ、キース」


 そこに立っていたのは黒髪に深い青色の瞳の、アキト殿下。

 ジョルジュ陛下が地方の視察に行った際に関係を持った地方貴族の令嬢との間に生まれた、と言われている第二王子だ。

 言われている、というのはアキトは生まれてからずっと母親と共に地方に住んでいて、五歳になるまでその存在を周知されていなかった為だ。


 彼が五歳になった時に実の母親が病で亡くなり、祖父である地方貴族により王城に連絡が行った。その結果、国中がアキトのことを知ることとなった次第だ。

 ジョルジュ陛下は政略結婚だったが王妃との仲は良好だし、グレアムの他に王女も生まれている。

 その為アキトの出生は、彼が成人して久しい今でも疑惑を持たれていた。


「アキト……」


 グレアムのため息のような声が、近くに座っていたラヴィニアの耳に届く。突然現れた第二王子に、テーブルに付いている誰もが驚いていた。

 何せアキトは王の子として認知されているものの、その生い立ちの所為で王位継承権がない。

 今は王都から離れた彼の生まれ故郷を領地として与えられ、そこで領主を任されていて滅多に人前には姿を現さないからだ。


「アキト。こっちに来てるなんて珍しいな」


 だがすぐにキースは朗らかに笑って、空いているグレアムとラヴィニアの間の席を勧める。

 アキトは席に座ると、隣のラヴィニアを見てにっこりと笑った。


「初めまして、魔女殿。名前を聞いてもいいかな」

「……お初にお目にかかります、殿下。ラヴィニア・カーヴァンクルです」


 アキトは王族に多い青い瞳を持ち、グレアムほどではないけれどジョルジュ陛下に顔立ちが似ている。何よりジョルジュ陛下自身がアキトを自身の子だと認知しているのだ。

 ラヴィニアは王族には一切興味がなかったし、いかにもきな臭い一族に自ら首を突っ込んでいくほど軽率ではない。

 だが、今のアキトは白々しいな、と感じた。

 彼はラヴィニアに初めましてと言い名を聞いたが、ラヴィニアを魔女と呼んだ。今のラヴィニアは魔術師でも錬金術師でもない、ただの貴族夫人なのでその呼び方は相応しくないのだ。

 つまり、アキトはラヴィニアのことを知っていて、知らないフリをした、ということだ。

 繰り返すが疑心暗鬼になっている自覚のあるラヴィニアだが、わざわざ知らないフリをしてくる男のことを警戒するなというのは無理な話だ。


「よろしく、ラヴィニア」


 アキトはニコニコと微笑んでいる。ツバサにも同じように挨拶をして、表面上は和やかなお茶会だった。



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