45.誘い
「あ、今日のお菓子、クルミ入りのクッキーだ! ギルさん好きなやつ」
「うん」
そう言ってクッキーを頬張るツバサが、自分の髪まで食べてしまいそうになるのをギルがそっと指で除けてやっていた。
愛する夫と可愛い娘の心温まる交流を茶菓に、美味しいお茶を飲む。そんなラヴィニアの傍らに、一旦下がっていたアンジェリーナがやってきた。
「奥様。ユディット公爵夫人からお荷物とお手紙が届いております」
「ローラから?」
アウローラは、五年前の事件の後に当時はまだ公爵令息だったキース・ユディットと結婚した。
キースの母親はジョルジュ陛下の妹、つまり元王女殿下だ。そして彼は昨年父親である公爵から家督を譲られて、若くしてユディット公爵となったのだった。
従僕や執事の手まで借りて次々に運び込まれる箱を見て、ギルが嫌そうに顔を顰める。
彼は自分がラヴィニアにたくさん貢ぐのは好き勝手にしているのに、アウローラが事あるごとにラヴィニアに贈り物をしてくるのを大層嫌がるのだ。
アウローラとしては、五年前に最後に見たみすぼらしい格好のラヴィニアがあまりにも不憫だったらしく、飢えていないか寒い思いはしていないかと心配して、上等なドレスや菓子や流行りの小説などをどんどん送ってくれるのである。実際のところは心配二割、アウローラの楽しみ八割の行動だろう。
最近では、ツバサの分もドレスや外出着なども届くようになった。
「あの女こそ、公爵家の財産を散財している悪女だと悪評が立てばいいものを……」
「それは……なさそう」
ギルが穏やかではないことを言っているが、元々社交的だったアウローラは今や社交界の華と呼ばれる、令嬢達の憧れの的だ。
ラヴィニアを手助け出来ない代わりに、と熱心に行っていた奉仕活動も評判で、悪評などたった先から消えていきそうな勢いだ。
「この五年の間、ローラとは交流はなかったの?」
「彼女が結婚してからはほとんど交流はなかったな……すぐに子育てなどで忙しくなったようだし、そもそも俺はラヴィを捨てた男としてローラの中では憎むべき対象だったから」
アウローラからの手紙を開きながらラヴィニアが尋ねると、ギルはなんでもないことのように言った。
それを聞いてたまらない気持ちになったラヴィニアは、思わずソファに座る彼に駆け寄ってギルのつむじにキスを落とす。
「ブライトンに口止めされてたからって……ギルとローラだって友達だったのに、辛かったでしょう?」
アウローラとギルは、単純にラヴィニアを挟んでの付き合いだったわけではない。
実はお転婆なアウローラは馬術などの講義ではラヴィニアよりも成績が良く、騎馬での障害物競争ではそれこそギルとトップを争った実績を持つ。
ラヴィニアは、自分が去った後の王都で彼らの友情が途絶えてしまっていたと聞いて、とても悲しかったのだ。
「いいや?」
だが、ギルは自虐的な笑みを浮かべてラヴィニアの気遣いを否定した。
「むしろ有難かったな。俺はラヴィを守れなかったのに、世間は誰も俺を責めずにラヴィを悪し様に罵ってばかり……アウローラが俺を仇のように睨んでくれた時だけ、俺は悪人でいられた」
「馬鹿なひと。私はそんなこと、望んでないのに」
ラヴィニアはギルの膝に座ると、彼の頭を抱き抱えた。よしよし、と金糸の頭を撫でると、もっとと言わんばかりに押し付けられる。
「うん……でもあの時の俺にもローラにも、それは必要なことだったんだよ」
「もう……今後は私がめちゃくちゃ幸せにしてあげるから、余計なこと考えるんじゃないわよ」
「ん。俺の奥さんは本当に頼もしい」
くしゃくしゃとギルの髪をかき混ぜてからラヴィニアが音をたてて額にキスを落とすと、彼は少年のように屈託なく笑った。
そこにツバサの小さな声が、耳に届く。
「あれ……?」
一緒に暮らし始めた当初こそ、母親とその夫のいちゃつきぶりに赤面していたツバサだったが、今やもう慣れっこだ。何せこの夫婦はよくぞ五年も離れていたものだと思われるぐらい、互いのことが好きすぎるのだから。
ラヴィニア宛てのものとは別にツバサ宛てにもアウローラから手紙が届いていたので、そちらを読んでいたのだ。
「どうしたの?」
「お母さん。ローラさんが、お茶会をしましょうって!」
どうやら今日届いた荷物は、そのお茶会用のドレス諸々らしい。靴や装飾品まで揃っているところを見ると随分気合が入っている様子に、ラヴィニアは肩を竦めた。
ギルの膝に座ったまま、手に持っていた自分宛ての手紙を読む。
内容は確かに、後日開く内輪のお茶会への招待状だ。嬉しいことに、アウローラは機会を作ってはラヴィニアに会いたがってくれる。
ただし、招待状の最後に記されている言葉を見て、ぴたりと固まった。
招待状には、『私の尊き従兄も参加します』とのこと。
ラヴィニアは幼馴染なので、アウローラの親戚や従兄弟とも顔見知りである。幼い頃はアウローラの実家であるパッガーノ侯爵家の領地で皆で遊んだものだ。
しかし、今回書かれている『尊い』という文言が気になった。
「……これって、まさか」
顔を上げて夫を見遣るとせっかくさっきまで可愛らしい笑顔を浮かべでいたというのに、彼はまた苦々しい表情に戻ってしまっていた。




