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魔女の凱旋  作者: 林檎
43/73

43. Happy Ever After

 

 片付けても片付けても毎日積み上げられる箱を見て、ラヴィニアは溜息をついた。


 王都の貴族街。

 王城からのアクセスの良い立地に建つ、やや小規模だが瀟洒な屋敷。

 門から屋敷までのアプローチには美しく剪定された庭が広がり、樫の木で出来た大きな玄関扉が控えている。その扉を開いた先、玄関ホールでラヴィニアは腕を組んで仁王立ちしていた。

 その視線の先、磨き抜かれた床の上にはリボンが掛けられた大小様々な箱が並んでいる。


「……最近やっと過去の悪評が薄れてきたのに、今度は新しい悪評が付きそうだわ」


 そう言ってもう一度盛大に溜息をつくと、その後ろで箱の中身を確認しては片付けているメイドのアンジェリーナが手を動かしながらフフッと笑った。

 ラヴィニアの正面に立つギルは、自らも大きな箱を手に持ったまま首を傾げる。


「悪評?」

「悪女ラヴィニア・ダルトン、ギル・カーヴァンクル騎士団第三隊長の財産を食いつぶす、よ!」

「この程度で財産は揺らがないが……?」

「この……ッ! 高給取りめ」


 玄関ホールに積み上げられた箱もギルが持っている箱も全て、彼からラヴィニアへのプレゼントなのだ。

 ラヴィニアが地団駄を踏むと、ギルは箱を従僕に預けて腕を広げた。自分から飛び込むのが癪だったのでカツカツと靴先を鳴らしてみせると、ギルがくすくすと笑いあっという間に抱き寄せられてしまう。


「それにその言葉には誤りがあるな」

「なに?」

「ラヴィニア・ダルトンじゃなかく、ラヴィニア・カーヴァンクルだろ?」


 嬉しそうに言われて、ギルの腕の中でラヴィニアは唇を尖らせる。

 その頬が熱くなっていることは自覚していたが、無視して黙っているとアンジェリーナがまた後ろでフフフッと笑うのだった。


 ツバサの出征が無くなり、ギルからの二度目のプロポーズをラヴィニアが快諾してからしばらく経った。

 ギルがあのプロポーズの後『もう一秒だって待ちたくない』と言うので、なんと、その日の内に婚姻届けを教会に提出したのだ。

 世界広しといえど、貴族であることを無視してもこれほど早い結婚はあるまい、とラヴィニアが言うとギルは、


『五年待った。これほど遅い結婚はあるまい』


 と反論してきた。

 内容は可愛くないが、それを言ったギルが可愛かったので鼻を噛んだだけで許してやった。鼻に歯型を付けても美形が損なわれることがないのは、新しい発見である。


 ラヴィニアは生家のダルトン伯爵家とは縁を切っているので伺いを立てる必要もないし、カーヴァンクル侯爵家にはギルが既に伝えてあったらしい。

 寛容な侯爵家で驚いたが、この五年間仕事にばかり打ち込んでいた次男がようやく結婚したいと言って連れてきた女性なので、犯罪者でも蛙でも許す、ということらしい。

 ちょっと変わった一族だな、と思うし、ちょっと腹が立ったので、ラヴィニアは今度はギルの耳を噛んでおいた。奴は幸せそうに笑っていた。


 こうして高速で貴族夫人になったラヴィニアだが微妙な立場であり、現状は平民と変わりない。

 色んな人から様々なことを言われたり、時には直接何かされたりするのだろうと予測はしているが、それもまぁいいか、と考えている。

 今までずっと恋焦がれてた男が、もう一秒だって待てずに結婚したいと言うのだから、叶えてやらねばラヴィニア・ダルトンの名が廃るというものだ。結婚した今は名が変わっているが。

 その後に起こる弊害は、仕方がないのでかかって来い、という心意気だった。


「もぅ……とにかく、おかえりなさい」


 プレゼントの箱をたくさん抱えて帰ってきたギルに、呆れるのが先でまだおかえりを言っていなかったことを思い出す。改めて挨拶の言葉を口にすると、ギルはラヴィニアの顔を覗き込むようにして頷いた。


「……ただいま」

「毎回しみじみ味わわれると結構恥ずかしいんだけど……」


 蜂蜜を砂糖でコーティングしたかのような甘ったるい視線で見つめられて、ラヴィニアは照れて顔を背ける。その恥じらいすら、ギルはたっぷりと味わう。


「嬉しいんだ。しばらく……はしゃぐことを許してくれ」

「いや……許す許さないも、私だって嬉しいけど……」


 ギルがあまりにも衒いなく愛情を曝け出すものだから、ラヴィニアは自分が恥ずかしがっていることが子供っぽく感じてしまってごにょごにょと言い訳をした。


「お前が嬉しいと、俺も嬉しいよ」


 そう言ったギルの唇が、優しく額に触れた。

 こちらもお返しをしようとラヴィニアが爪先立ったのと、玄関扉が大きな音を立てて開いたのは同時だった。


「ただいまー! あ! お母さん!」


 玄関ホールでごちゃごちゃとやっていたものだから、聖女としての仕事をこなしてきたツバサが帰宅する時間になっていたのだ。

 慌ててラヴィニアはギルから離れ、彼は盛大に顔を顰める。今も昔も、彼の思い人は人気者なのでなかなか独占出来ない。


「ツバサ。おかえりなさい」

「わぁ、帰ってきて一番にお母さんに会えるなんて嬉しい!」

「なにこれ、うちの子が世界で一番可愛い……!」


 駆け寄ってきたツバサを、ラヴィニアは力一杯抱きしめる。夫との逢瀬も勿論大切だが、務めを果たして帰宅した娘を労うことも同じぐらい大切だった。

 後ろでは正式にツバサの専属護衛となったグラウが、ギルとアンジェリーナに挨拶をしているのが見える。


「あ、ギルさんも帰ってたんだ。ただいま!」

「おかえり、ツバサ。今日もご苦労様」


 元気よく手を掲げて挨拶をするツバサに、ギルはもう不機嫌な表情を消して笑っていた。



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