40.なにも残らない
それから数日は、ラヴィニアは自分の身の振り方を始め様々なことへと考えを巡らせていた。
何せ外傷の手当てが終了するともう医療魔術師は来てくれなくなってしまったし、だからといって魔力貯蔵器官は治るものではないので体の調子はずっと悪い。
精神的なショックもありベッドから起き上がることも辛いほどだった為、頭の中で思考をこねくり回すことしか出来なかったのだ。
「……相談出来る人がいればいいのに」
苦し紛れに呟いてみる。
ベッドに横たわったままちらりと鉄格子の外を見遣ったが、任務に忠実な騎士はラヴィニアと歓談してくれる様子はない。それに相手が、例えラヴィニアの処遇に気を揉んでくれているらしいヘニング卿が相手であったとしても、相談は出来なかった。
気になることは多いが、誰が味方なのか分からないうちは易々と口にするべきではない。
数日してようやく体がぎこちなく動かせるようになると、ラヴィニアは見張りの騎士に許可をもらって手紙を書き、それを生家のダルトン伯爵家に届けるように手配を頼んだ。
自分は罪を犯していないが、既に当事者であるローザ・メイヤーが処刑されている以上ここから疑いを覆すのは難しい。こんなことになって申し訳にないが、ダルトン伯爵家を守る為に自分との縁を切ることを早々に発表して欲しい、という旨を記してある。
騎士の話によると、ダルトン伯爵は手紙を読んですぐにその指示通りに正式に伯爵家からラヴィニアを勘当したことを世間に公表したとのことだ。
一般家庭だと考えれば娘の無実を信じることなくあっさりと切り捨てる冷たい行為かもしれないが、貴族としてはこれで正解だとラヴィニアは思っている。
この後もし汚名が晴れたとしても、魔術師には戻れないし今更貴族の女性として社交界で生きていける筈もない。ダルトン家のお荷物として迷惑を掛けるよりも、切り捨ててくれたほうがラヴィニアとしても気が楽だった。
こうして数少ない出来ることをこなして牢で過ごしたが、ギルやアウローラが訪ねてくることはなかった。
最初の数日はそれでも落ち込み気味になる自分の気持ちを叱咤していたが、牢で過ごす日数が片手では足らなくなってくると、鬱々とする時間が長くなっていった。
心身が健康な状態であったならば、ラヴィニアはもう少し冷静に考えることが出来ただろうが、魔力貯蔵器官を失い体が弱っている状態では悪い方にばかり考えるようになっていく。
「……面会のかたは、いませんか?」
「いない」
「そう……」
この数日で、ラヴィニアはすっかりと疑心暗鬼になっていた。
ローザに暴行された体の怪我は順調に回復しているのに体調はちっとも良くならないし、いつまで経っても体が冷たい。牢のベッドは当然寝心地が悪く、寝ても醒めても悪夢を見ているかのようだった。
女性騎士は何人かで交代してこちらを見張っているが、一様に冷たく犯罪者を見る目でラヴィニアのことを蔑んでいる。
現在一番近くにいる存在に、四六時中そんな視線を向けられることは思ったよりも堪えた。
しかし他に人は誰もやって来ず、目覚めた最初の日以来へニング卿の訪問もなかったのでラヴィニアの感覚はだんだんと曖昧になってくる。
何日経ったのかも、今が昼なのか夜なのかも分からない。実際体が消耗しているのもあり、ほとんどを寝て過ごす時間が長くなっていた。
「ヒッ……!?」
悪夢を見て飛び起きるのに、目覚めるとその夢の内容を忘れてしまい漠然とした恐ろしさがだけが残っている。
ただの装飾品なのでと手元に残すことを許された、ギルからの贈り物である魔法石の首飾りに触れて、ラヴィニアは震える心と体で耐え忍ぶのだった。
そしてようやく、王のからの言葉が下る日がやってきた。
もう何年も牢のベッドの中で過ごしていたような気がするが、あの事件の日から七日ほどしか経っていないと教えられてラヴィニアは随分驚く。
永遠の責め苦のような時間だったのだ。
牢から解放されるとそのまま、王の御前に出るのでとメイドに風呂に入れられて粗末だが清潔な服を着せられる。あまりの惨状に哀れに思われたのか、髪や肌も整えてくれたのでラヴィニアはホッとした。
「……ありがとう」
髪を梳かしてくれているメイドに礼を告げると、彼女は顔を顰めて首を振る。罪人とは口を聞かないように言われているのだろう。
それから、手枷を付けられて謁見の間へと連れて行かれた。
よくよく考えればおかしな話だ。いくら魔族召喚という禁忌を犯そうとした罪状とはいえ、王がわざわざ沙汰を告げる?
衛兵に引き摺られるようにして歩きながら、ラヴィニアはずっと何かおかしい、という疑問を抱き続けていた。
コール魔術師団長がローザを優遇していたことを隠して、ラヴィニアを助けようとしないことは保身だと考えれば納得がいく。ローザの共犯より、監督責任を取って辞任のほうがずっといい。
しかしそもそも何故、ローザは魔族を召喚しようとしたのか?
他にも気になることがある。
まず、国宝である『魔女殺し』の本物をローザが持っていたこと。
魔力貯蔵器官を奪われた所為であの時はとても冷静に考えられなかったが、ローザは確かに『私達の邪魔をするな』と言ったこと。
おまけに王立学園卒の筈なのに、欠落している多くの知識。
ローザが既に処刑されてしまっていることも、こうなると怪しい。まるで追及されたくなかったかのようだ。
謁見の間の前に来ると、そこにはへニング卿が立っている。彼はラヴィニアを見て、痛まし気に顔を顰めた。
「ダルトン……ご家族の件は聞いた。それから、君の友人達にはこの後、会えるように取り計らってある」
「! ありがとうございます……!」
クラウド達にこの違和感の話をしておけば、彼らはきちんと調べてくれるだろう。
牢には誰も訪れてくれなかったので不安だったが、彼らにも立場がある。来なくて正解だったのだ。
それにへニング卿はきちんと彼らに話を通して便宜を図ってくれていたことにも、ホッとする。
ラヴィニアとしては、罪人になったとしてもまだ足掻く余地があると考えているのに、しかしへニング卿は悲し気な表情を浮かべていた。
「あと……ギル・カーヴァンクルにも君の要望を伝えたんだが」
「はい……」
「もう、会いたくないそうだ」
「え……?」
ひやり、と胸の内を冷たい手で撫でられたかのような心地がした。




