39.ひとつずつ失う
魔術書庫の司書と共同研究のことを相談していたブライトンやアウローラの名を並べると、ヘニング卿は辟易した様子だった。
「司書には話を聞いた後だ。彼は、なにも知らないと。それから君の学友達の証言は、信憑性があるのかい?」
「え……?」
ヘニング卿の言葉に、ラヴィニアは思いがけないことを聞いた、と口が半開きになる。
「聞けば、君たちは非常親しいそうじゃないか。高位貴族の友人達に自分に有利な証言をしてもらおうと企んでいるんじゃないのか?」
「そんなことしません!」
思わず、ラヴィニアは鉄格子越しに怒鳴っていた。自分の罪を誤魔化す為に彼らを利用するなんて、そう考えている、と思われるだけでもひどい侮辱だ。
ラヴィニアの剣幕に女性騎士が戸惑う。だがヘニング卿は分かっている、とばかりに頷いた。
「私だって、君がそこまで堕ちているとは思っていない」
「……でも私の言葉はもう、誰も信じてくれていない、ということですね」
「罪を犯しても、賢いな」
ラヴィニアは指先が冷えていくのを感じていた。
目覚めた時はこの状況は何かの間違いなのだと思い、きちんと説明すれば誤解は解けると考えていた。だがそれは甘い考えで、目覚めた時にはもう全てが終わった後だったのだ。
「……状況を教えてください」
誤解を解く為に燃やしていた闘志は萎えていき、ラヴィニアの心を凍らせていく。気づけば体はギシギシと痛むし、魔力貯蔵器官を失った所為でまるで力が入らない。
本当に物理的な臓器か、はたまた腕や足を失ったかのような不具合を感じる。
「ローザ・メイヤーが魔族召喚を試みた、ということは分かっている。厳しいことも言ったが、王城に入って半年の新人にそこまで大それたことが出来るとは誰も考えていないよ」
優しい口調だったが、ヘニング卿もラヴィニアを生まれに恵まれただけの小娘だと侮っているのがよく分かった。優秀だ、と先程言ったその口で、新人だと貶めるのだから。
「……」
こういう視線や考えを吹き飛ばすような功績が欲しかったのだ。
私はやれる、私なら出来る、ラヴィニアはそう考えていたし、実際こんなことにならなければ達成出来ていたかもしれない。
でももう、永遠にその機会は訪れない。
ラヴィニアは魔術師ではなくなった。
そして、罪人になったのだ。
「君が眠っている間に傷を見た医療魔術師が、確かに魔力貯蔵器官を失っていることを確認している」
ヘニング卿は痛ましそうに目を細めたが、言葉にする内容はあまりにも冷たかった。
「首謀者であるメイヤーはもう処刑された」
「処刑!? 私の証言も取らずにですか!?」
ラヴィニアが驚きに叫ぶと、ヘニング卿は落ち着いた様子で頷く。いくらなんでも刑が下るのが早すぎる。事実ではないが、ローザ・メイヤーはラヴィニアが首謀者だと主張していたのだ、ならばラヴィニアの話を聞くことぐらいはする筈。
明らかに、おかしい。
「彼女は騎士に捕まった時に暴れたし、その後も牢に繋いでからも何度も脱走を試みた。ローザの研究室や宿舎からは大量の証拠が見つかったので、魔族召喚の首謀者であることは疑いようもなく、また生かしておいて逃げられでもしたら問題だと判断されたと聞いている」
「それにしても、異常過ぎます……」
ラヴィニアがさらに言葉を重ねたが、今度は女性騎士のほうが厳しい声で答えた。
「それだけ深刻な事態であり、大犯罪が犯されたということだ!」
「そんな……」
「ダルトン、君は王の御前に出て裁可を受けるんだ」
ヘニング卿にそう告げられて、ラヴィニアは放心して力が抜けてしまう。
ローザが既に処刑されている、という事実には驚いたが、その行動の早さや調査の杜撰さについて抗議する気力はもうラヴィニアには残っていなかった。
王の言葉が下るということは、もう何もかも決定済みという意味だ。ローザが処刑ならば、ラヴィニアにはどんな罰が下るのだろう。
もう既に掛け替えの無いものを、ラヴィニアは失っているのに。
「こちらの準備が整い次第、また来る。少し休んでおけ、ひどい顔だぞ」
「……今更優しいことを言われても」
ふっ、とラヴィニアがため息をつくと、ヘニング卿は頷いて牢を出て行こうとした。挨拶もないその様子に、本当にもう自分は礼儀を払ってももらえない立場なのか、と虚しい気持ちになる。
だが一つ、頼みたいことがあった。
「ヘニング卿」
「……なんだ」
「……恋人や、友人に会うことは可能ですか?」
ラヴィニアがそう言うと、ヘニング卿はまたこちらへ体を向けて顔をじっと見てきた。
「……彼らに伝えておこう。だが、会いに来る来ないは彼らの自由だ。高位貴族の彼らが罪人となった君に会いたがらなかったとしても、仕方のないことだよ」
ヘニング卿はそう言うと、もう振り返ることなく今度こそ牢を去って行った。




