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魔女の凱旋  作者: 林檎
37/73

37.悪魔は呼ばない

 

 そう言った瞬間、魔術紋様が発動して魔力が火柱のように上へと駆け上がっていく。

 慌てて身を引いたが、ラヴィニアの体は術の発動する勢いに煽られて壁に叩きつけられた。


「あっ!」


 どん、と壁に当たると息が詰まり、ラヴィニアはまた血を吐く。魔力貯蔵器官は物理的な臓器ではないとはいえ、あるべきものを無理矢理奪われた体の中がズタズタなのがわかった。

 ドォンッと激しい音をたて、魔力の本流が赤い光となって真っ直ぐに暗い夜空の中を天へと轟きながら昇っていく。

 しかしその途中で、後から追いかけるように駆け上がって行った白い光が物凄いスピードで本流の頂きに追いつき、まるで堰き止めるように赤い光を覆っていった。


「なに!?」


 ローザが驚き叫ぶのと、白い光が赤い光を飲み込んで眩しく光り輝いたのは同時。

 そしてその刹那、白い光は内側から爆発するようにして花火のように爆散した。大きな音が響き渡り、地面が揺れる。

 正直なにが起こったのかは、ラヴィニアにも判断がつかない。あの時苦労しながらラヴィニアが魔術紋様に書き足せたのは反転の一節だけ。

 まさかそれだけで、術を相殺する効果を齎したのだろうか?

 術を完成させないことを目的としての書き足しだったのに、想像以上の効果だあったことになる。ラヴィニアが感じた通り、元々かなり脆い術だったのだろう。でなければ一節書き足した程度で術が相殺されてしまうなんてお粗末な結末にはならなかった筈だ。

 これが、あのローザ・メイヤーの編み出した魔術なのだろうか。そもそも彼女は本当に、ラヴィニアの尊敬していた『ローザ・メイヤー』なのか?

 

「なに……なんなの、お前! なにをやったのよ!!」


 光は消え去り、急激に暗闇が戻って来た。

 ローザは動揺して、床に転がったままのラヴィニアの腹を容赦なく蹴る。体は痛みを感じるが、ひどく愉快な気分でラヴィニアは爽快に笑った。


「魔物の肝に牙、それにあの紋様……恐らく古の伝説にある魔族を召喚したかったんでしょうけれど、お生憎様!」


 体は汗と血まみれだし、内側はボロボロで正直縄の拘束がなかったとしても元気に動き回ることなんてとても出来そうにない。それでもラヴィニアは強気に唇を吊り上げて、ローザがもっとも嫌がるであろう表情で笑って見せた。


「あなたの召喚は失敗したのよ、この……苦労知らずの天才お嬢ちゃんの所為でね!」

「ッ……! ふざけるな!! お前の所為で! お前なんて、もう魔術師に戻れないくせに!」

「その通りだとしても、あなたの悪事をそのまま見届けるほどお人好しじゃなくってよ」


 ガツッ、ガツッ、と靴の先で腹や肩を蹴られ続け痛みを感じるが、元より体はほとんど動かないのだから放っておく。それでも頭は動き、目が見えて、口が回る内は大人しくなんてしてやらない。


「よくも、私達の計画を邪魔したわね……!」

「え?」


 私達? ラヴィニアが眉を顰める。

 だがローザは既に自分がなにを言ったのか意識出来ないほど取り乱している。そしてちっとも瞳に怯えの出ないラヴィニアに焦れたらしく、ローザは机に駆け寄って置いてあったナイフを掴んだ。


「殺してやる! ラヴィニア・ダルトン!!」


『魔女殺し』では刺されて死ぬことはないが、ごく普通のナイフが相手ではその限りではない。ラヴィニアは衝撃と痛みに身構えた。

 だが、そこでバンッ、と勢いよく物置の扉が開き、騎士が何人も部屋の中に雪崩れ込んできた。


「そこまでだ!!」


 失敗したとはいえ、先程の魔術の発動は派手だった。

 そろそろ誰かが気づいて駆けつけてくれるだろう、と踏んではいたがさすがにラヴィニアは心身共に限界である。


「ちょっと! なにをするの、離しなさい! 離せ!!」

「抵抗するな!」


 騎士相手に足掻くローザを視界に収めつつ、誰かに抱き起こされたラヴィニアが意識を保っていられたのはそこまでだった。

 次に目を覚ました時も、ギルが付き添ってくれていたらいいな、なんて甘ったれたことを考えながら意識を手放す。

 その先に、さらにひどい現実が待っているなんて、想像もせずに。


 *


 ひどく乾燥して肌寒い空気に、ラヴィニアは震えて目を覚ました。

 途端、目に入ってきた場所に信じられない、と小さく悲鳴をあげる。


「ああ、目を覚ましたか」


 ラヴィニアが女性だからだろうか、そこに立っているのは女性騎士だった。二人の間には、一本一本が太く頑丈な鉄格子が立ちはだかっている。つまり、ラヴィニアは牢に入れられていたのだ。


「……なぜ」


 寝かされているのは粗末なスプリングの簡素なベッドで、薄い毛布が一枚掛けられているだけ。石の床と壁に囲まれたこの場所で、道理で寒い筈だ。


「お前が目覚めた時には、通告するように言われている。ラヴィニア・ダルトン」

「……はい」


 体に力は入らなかったが、騎士がなにか告げるというのに寝そべっているのは失礼にあたるだろう。ラヴィニアは萎えた体を叱咤して、なんとか体を起こす。

 騎士はラヴィニアが居住いを正すのを待って、体をこちらの正面に向けると抑揚のない声でとんでもないことを言った。


「ラヴィニア・ダルトン。お前を、禁忌である魔族召喚を試みた罪人として処罰する」



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