35.恐ろしいところ
次に目覚めた時には、ラヴィニアはどことも知れない部屋の床に直接転がされていた。
両手両足は拘束されていて、身を起こすのにすら苦労する。
何故自分がここにいるのか、ここはどこなのか、疑問だらけでなんとか身を起こして周囲を見渡すと、視線の先にローザが立っているのが見えた。
「メイヤー先輩……?」
「あら、ラヴィニア」
部屋は狭く、薄暗い。ここも地下室だろうか。
床は木材で出来ていて、何故かぬるっとした感触がする。光源がローザの手元にあるランプだけなので、周囲を把握するのが難しい。
「あなたったら、私から離れようとしてるでしょう? 困るのよ」
そう言うローザは、最初に魔術書庫で会った時と同じように匂い立つような色っぽさがあり、改めて見ても美しい人だと思った。ただ今は得体の知れない恐ろしさがある。
「はい……あの、お役に立てず申し訳ないのですが……」
「ううん、違うの。あなたが役に立つのは、これからよ」
「え……?」
話をしているのに、まるで通じていないかのようにローザは喋る。
それにこの念入りな拘束。まさかラヴィニアがローザから離れようとしているから物理的に留めおいた、なんてことはないだろう。
「この縄を外してください、これは一体どういうことですか?」
「言ったでしょう? あなたが役に立つのはこれからよ」
ランプを手にしたローザが、こちらに近づいてくる。
その頃にはラヴィニアは目が慣れてきて、僅かな光でも周囲の輪郭が分かるようになってきていた。家具の配置などから、共同研究用に借りている部屋の、隣の物置だということが分かり、見知った場所だったことに少し安堵する。
しかし、その所為で床のぬるついた正体も分かって悲鳴をあげた。
「ひゃっ……!?」
ラヴィニアが転がされていた床には、何かの血液でびっしりと描かれた魔術紋様。天井からは魔物の臓器や骨などが吊り下げられている。
誰がどう見ても、禍々しい光景だった。
「なにこれ……」
恐怖で混乱しつつも、魔術師の性でラヴィニアは紋様を視線で辿る。
「魔法陣……? 召喚……やみ、の、眷属?」
魔術紋様は円を描き、所謂魔法陣と呼ばれるものを形成している。しかしラヴィニアには見たことのない紋様だし、あちこちに意味の理解出来ない文字、絵などが描かれていた。
読み取れた文字は、ローザが何か良くないものを召喚しようとしている、こということだけ。
「メイヤー先輩! これは……」
「あら、初見でも意味が分かるの? ……さすが、学園卒の期待の天才魔女は違うわね」
ゆったりと微笑んだローザは、唇の形を歪な笑みに変えて皮肉った。途端、これまでラヴィニアが受けてきた嫉妬と羨望、そして嫌悪の感情がこちらに向けらえる。
ローザのほうが魔術師としてキャリアもあり、実績もあるのに何故今そんな感情を向けられるのか理解出来なくてラヴィニアは戸惑った。
「いいわよねぇ……お嬢様で、頭が良くて、魔術師としての才能があって……美人だから、あんなに素敵な恋人もいる」
床の上に身を起こしたラヴィニアの、その傍らに膝をついたローザはランプを地面に置くとするりとラヴィニアの頬を撫でる。
その指先は冷たくて、ゾッとした。
「でも、その全てになんにも意味がないって、あなたもすぐに分かるわ」
「……?」
「あなた、自分には価値があるって思ってるでしょう? 機会さえあれば、実力をきちんと発揮して、世間に認められる価値のある人間だと、自分で自惚れているでしょう?」
ローザにはっきりと言われて、本来ならばラヴィニアは己の傲慢さに赤面するところだが今の状況ではそんな気分にもならない。
ただただ、今何故そんな話をされているのか、と疑問が巡る。
考えが表情に出てしまっていたのだろう、ローザはまたにこりと笑う。そして、彼女はローブのポケットから取り出したものを見て、ラヴィニアはまた驚いた。
「何故、あなたがそれを持っているの!?」
「あら。あなた、これがなんなのかまでわかるのね」
「……教本に載っていますから。まさか……本物じゃありませんよね?」
ラヴィニアは、自分が背中にじっとりとした脂汗を掻くのを自覚する。
ローザが手にしている物は、一見すると少しサイズの大きい豪奢な金鋏に見える。だが、中央のネジ部分の嵌った大きな赤い魔法石と、柄の部分に細かく刻まれた術式が魔術具であることを証明していた。
特に赤い魔法石は血のように真っ赤な色をしていて、ひどく禍々しい。
「そう……そういえばあなた、魔物にも詳しかったわね。王立学園って本当に色んなことを教えてくれるのね」
ローザは感心した様子で呟き、鋏の刃の部分を眺めている。
まるでローザは学園に通ったことがないかのような口ぶりだ。しかしローザ・メイヤーといえば在学中にも有名だった才媛の筈。
「……?」
鋏を手にゆっくりとローザが近づいて来たので、ラヴィニアはにじり下がった。
手を拘束された状態でなんとか床に座ることは出来ていたが、さすがに両足首を拘束された状態で立ち上がって逃げられるとは思えない。
「勿論、本物に決まっているじゃない。自分の身を持って、確かめなさい」
にっこりと優しげに微笑んだローザが、ラヴィニアの腹にその鋏を突き立てた。




