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魔女の凱旋  作者: 林檎
34/73

34.真夜中の訪問者

 

 その夜。もう症状は落ち着いているが、念の為ということでラヴィニアは救護室に一泊することになった。


 付き添いで残ると言ってくれる皆を説得して帰し、ラヴィニアは一人でポツンとベッドに身を起こす。

 これまでローザに抱いていた違和感は、ラヴィニアの思い込みではなかったのだろうか。

 しかし実際にローザの発表してきた論文は全て読んでいるが見事なものばかりだったし、魔術師団長の信頼も厚いことが伺える。

 今回はたまたま現場向きではない面が、悪く出てしまっただけかもしれない。もしくはラヴィニアとの相性が悪い可能性もある。その場合はローザばかりを責められない。

 それでも。


「とはいえ相性が悪いならそれはそれで、離れたほうが良さそうね」

「……その結論に辿り着いてくれて、よかったよ」


 一人だとばかり思っていたところに声が聞こえて、ラヴィニアはハッとした。視線を向けると、スペースを区切るカーテンの前に、いつの間にかブライトンが立っている。


「……面会時間は過ぎてるはずだけど?」

「救護の回復魔術師には貸しがあるんだ。無理を言って通してもらった」

「レディを訪問するには遅い時間だわ」

「その気になれば、魔術で俺を吹っ飛ばせるくせに」

「……まったく…あなたは本当にいい性格してるんだから」


 深夜の訪問を渋々許して、ラヴィニアは傍らの椅子を示す。しかしわざわざこんな時間にやって来たというのに、ブライトンはカーテンの隙間からちっとも踏み出しては来なかった。


「ブライトン……?」

「メイヤー先輩から離れるんだな?」

「……あなた最近変よ。メイヤー先輩について何か知っているの? 話して」


 ぽんぽんと椅子の座面を叩いてラヴィニアが促すが、ブライトンは首を横に振る。


「あまり良くない噂を聞いたことがあるだけだ。……ラヴィの耳を汚す価値はないよ」

「なに言ってるのよ……ブライトン、あなたのほうが顔色が悪いわ。大丈夫?」


 ラヴィニアがベッドから降りようとすると、彼はそれを手で制する。


「ラヴィニアの顔を見る為に寄っただけだから、俺はもう行くよ。ゆっくり休んで」


 そのまま下がろうとするので、ラヴィニアは思いきってベッドから抜け出し彼の腕を掴んだ。


「ブライトン。なにか困っていない? なにか、大変なことに巻き込まれていたりしない?」

「……なんで、そう思う?」

「分からないけど……最近、あなたは様子が変だもの。ねぇ、私に出来ることをさせて」


 ラヴィニアの紫の瞳が真っ直ぐにブライトンを見つめる。彼はライバルだが、その前に大切な友人だ。

 もし自分になにか出来ることがあるのならば、なんでもしてあげたかった。


「……本当になにもないよラヴィ。そっちこそそんな首飾り提げちゃって、俺に報告することがあるんじゃないのか?」


 ギルに贈られた首飾りを指さされて、ラヴィニアは途端顔を赤くした。

 昼間にアウローラやクラウドにも散々揶揄われ、その後たっぷりと祝福されたばかりなのだ。


「あ……ギルからの……結婚の申し込みを受けることにしたの」

「やっとか、よかった。……おめでとう」

「……言っておくけど、元々受けるつもりだったのよ」


 ラヴィニアが腰に手を当てて言うと、ブライトンは肩を竦めて笑う。それは、普段通りの彼だった。


「わかってるよ。焦らなくてもラヴィニアなら、結婚した後でも十分実力を示す機会は必ずある」

「皆そう言ってくれるわ」

「自分を信じてないのは、ラヴィ自身なのか? 俺のライバルのくせに」

「あら、あなたは随分自分を高く見積もっているのね? 自信があるみたい」

「そりゃあ、俺はラヴィニア・ダルトンのライバルだからね」

「!」


 パチン、とウインクして告げられた言葉に、ラヴィニアは面食らった。


「だろう?」

「……違いない」


 本来の太々しい様子を取り戻したように見えるブライトンに、ラヴィニアは頷く。それに同じ様に頷いて、彼は背を向けた。


「こんな時間にきて悪かった。ゆっくり休んでくれ。また明日」

「うん……おやすみなさい、ブライトン」


 就寝の挨拶に、返ってきたのは背を向けたまま振られた手だけだった。


 *


 翌日。

 救護室を辞して、ラヴィニアは一旦自分の宿舎に帰って身支度を整えた。

 回復魔術師が返してくれたローブはあの騒ぎの所為で随分汚れていたので洗い替えのものを着込み、しっかりとギルにもらった首飾りも提げる。

 これは一応魔法石だが、魔力は宿しておらずアクセサリーだということは魔術師ならば一目でわかる。本来の用途で使い終わった魔法石が安価な装飾用の石として流通していることは知っていたが、ここまで見事な魔法石はラヴィニアは見たことがない。

 きっとギルは特別な石を取り寄せてくれたのだろう。結婚の贈り物が普通の宝石ではないことは、ラヴィニアが魔術師であることを尊重している現れだ。

 彼らしい気遣いが、嬉しい。

 それから宿舎の部屋を出てまず魔術師棟に向かったが、師団長も副師団長もそしてブライトンもいなかった。


「ああ、ダルトン。大変だったようだな、もう平気なのか?」


 ラヴィニアを見たヘニング卿が部屋の奥からやって来て、心配そうに聞いてくれる。


「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」

「いやいや、大変なのはそちらだろう」

「これからメイヤー先輩の研究室に行って来ます。師団長に伝えておいていただけますか?」

「わかった。でも無理はしないように」


 優しい気遣いに感謝して、ラヴィニアは地下の部屋へと向かった。

 ローザには申し訳ないが、共同研究から抜けると言うつもりだ。理由を聞かれたら、ギルとの結婚を言い訳にさせてもらおう。

 色々考えたが、やはり立派な功績を上げているローザが悪いのではなく、ラヴィニアとの相性の問題だと思えたからだ。他の魔術師と組めば、ローザは安定して本来の力を発揮出来るだろう。


 しかし、ノックをして通い慣れた地下室の扉を開くと、その瞬間にラヴィニアの意識を奪われた。



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