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魔女の凱旋  作者: 林檎
33/73

33.渦巻く不安と、相談

 


「……よかった。嬉しい」

「私も」


 ギルと二人で照れ臭くて微笑みあっていると、アウローラとエイデンが救護室にお見舞いにやってきた。

 ギルに確認すると、昨日は面会謝絶だったのだという。彼はかなり強引にここに居座って、傍に付き添ってくれていたようだ。


「ラヴィニア、大丈夫? アルフから連絡をもらって驚いたのよ……!」


 アウローラはギルを押し退けると、ラヴィニアを抱きしめてわんわん泣き出した。

 どこかに外出していたのだろうか、華やかな昼用のドレスも綺麗に施された化粧も何もかもかなぐり捨てて泣いてくれるアウローラに、ラヴィニアも涙が溢れた。

 見ると、エイデンもベッドも足元に蹲って泣いている。ラヴィニアに我儘を言う時は大袈裟に泣いて見せるのに、こんな時は声を上げずに静かに泣くのだ。


「……ローラ、エイデン。心配かけてごめんね」


 アウローラの柔らかな体を抱きしめ返して言うと、彼女はぶんぶんと首を横に振る。


「いいのよ。心配出来るってことは、生きてるってことだもの。でももう危ないことはしないで……!」


 そうだった、とラヴィニアは小さくため息をつく。

 アウローラの母親、パッガーノ侯爵夫人は彼女が幼い頃に病気で亡くなっているのだ。叔母が母親代わりと務めてくれていて、女親としての必要なことはカバーしてくれていると聞いているが、アウローラは身近な人の死を本当に恐れている。

 それもあって、幼い頃からの嫁入り先の公爵家との縁談もとても大切にいている。幸い、公爵夫人との仲も良好だ。


「……ありがとう」

「ええ、いいの。いいのよ……生きていてくれて、ありがとう」


 アウローラの声は、どこまでもラヴィニアに優しい。

 抱きしめられたまま顔を上げると、エイデンのことはギルが抱き締めていた。ひょろりと背は高いが幼子のように泣きじゃくるエイデンを、背丈こそ同じぐらいだがしっかりとした体躯のギルがまるで兄のように包容して慰めている。

 スン、と一つ息をつくと、アウローラがようやく抱擁を解いた。


「さて……そろそろ大きな子供にも譲ってあげなくちゃ」

「ローラ……」

「僕の番!」


 苦笑するギルの腕から抜け出したエイデンは、そう言ってラヴィニアに突進してきた。その勢いに慌ててギルがエイデンの腰を抱き締めて止める。


「ラヴィは怪我したばっかりなんだぞ! 抱きつくならそっとにしろ!」

「わかった!!」

「さては分かってないな?」


 仕方なくギルがエイデンをベッドの傍にそっと下ろし、ラヴィニアがそっと抱き締めてやった。繰り返すが、エイデンはほっそりとしているが長身の男性である。


「ラヴィ……ラヴィ…怖かったよ」

「怖い思いをさせてごめんね」

「本当だよ。もうラヴィは魔術師やめて錬金術師になりなよ! そしたら僕がずっと見ていられるし!」

「どさくさに紛れて、なに自分の願望通そうとしてるのよ」


 背後からアウローラの手のひらがペシ、とエイデンの頭を叩く。ギルも困った表情を浮かべているが、本音としては彼もラヴィニアに王城魔術師を辞めて欲しいのかもしれない。


「魔術師をやめる、というのはラヴィニアにとって現実的なことじゃないが、今の研究から抜けるというのはアリかもな」


 ふと聞こえた声に、その場の全員の視線が戸口に向く。

 救護室の扉を開いたばかりのクラウドがそこに立っていた。宰相補佐として王城で働いている彼は、文官の制服を着ている。暗い色のその制服は、青みがかった黒髪と緑の瞳によく似合う。


「あら、早かったわね。会議でどうしても抜けられないから、夜に来るんじゃなかったの?」

「さすがに今回のことが騒動になっていて、会議が中止になったんだ。代わりに、明日にもこの件について会議が開かれることになった」


 クラウドはベッドに歩み寄ると、エイデンに覆い被されられているラヴィニアの顔を見て一つ頷いた。


「それとギルに伝言だ。第三隊に緊急招集が掛かった」

「うちの隊に?」


 怪訝な様子のギルに、ぽんと労わるようにクラウドの手がその肩を叩く。


「……今回の件についての聞き取りかしら? 会議の前に目撃者の話を集めておきたいとか」

「恐らく」


 首を傾げながらアウローラが呟くと、クラウドが頷く。

 もはやただ抱きついているだけになってエイデンの頭を撫でながら、ラヴィニアは友人達の顔を順番に見つめた。


「それでラヴィ。今の話だが、ローザ・メイヤーとの共同研究から抜けることは出来ないか?」

「それがいいと思うわ。なんだか雲行きが怪しいもの」


 クラウドの言葉にアウローラが続けると、ようやくラヴィニアから体を離したエイデンが引き継いだ。


「ローザ・メイヤーってもっと優秀で冷静な魔女のように聞いてたけど、事件のあらましを聞く限りじゃまるでイメージ違うね」

「うん……」


 ラヴィニアが不安に視線を彷徨わせると、それを敏感に察したギルがすぐにベッドに座り手を握ってくれた。

 その手の温かさにホッと安心して、ラヴィニアはギルを見つめる。


「ギルもそう思う?」

「……魔術師としてのメイヤー女史のことを俺は知らないが、昨日自分の目で見た限りでは優秀な人には感じられなかった。特に……隊にとってはかなり邪魔だった」


 ラヴィニアがローザの功績を尊敬しているのを知っているので、ギルは言葉を選んでくれたがそれでも内容は散々だ。

 確かに、討伐任務に参加する前からラヴィニアもローザに対して不信感を抱いてはいたが、二人で研究をしていたので自分の振る舞いが至らない所為で気難しい先輩を怒らせてしまっているだけだと思い込んでいた。

 第三者から見てもローザの様子がおかしいというのならば、これまで他に深謀遠慮があるので、と思っていた行動の全てがただの軽率な振る舞いだったのかもしれない。


 少なくともあまり関わりのなかったローザのことよりも、ここにいる友人達のことをラヴィニアは信頼している。彼らがそう言うのならば、それはラヴィニアにとって一考の価値があるのだ。


「わかった。ちゃんと考えるわ」


 ラヴィニアがそう言うと、皆一様にホッとしてくれた。



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