31.魔物との戦闘
森には木々が生い茂り、日中でも満足に地面に陽の光が差さない所為か地面はややぬかるんでいる。
外からでも分かっていたことだが、中に入ると魔物の発する瘴気が纏わりつくかのようで体が重く、非常に不快だ。長く晒されていると心身に支障をきたすし、最終的には穢れが移ってしまう。
穢れは、教会で精製されている聖水で十分に洗わなければ該当部分が壊死する、恐ろしい症状だ。
しかし、これも例えば聖魔術に代わる術を編み出し魔法石に込めることが出来れば、騎士が持参するだけで保護することが出来て影響を受けずに済む。
今はまだ理想論だがこの研究に成果が出れば、必ず騎士達の役にも立つと理解してもらえる自信はある。
ラヴィニアはローザと共に騎士に囲まれて進むが、他の騎士達は数名ずつで隊列を組んで辺りを調べながら森を進んでいく。
「どちらへ向かってますの?」
「今日の任務は魔物の巣を叩くことだ。王城魔術師に依頼して既に場所の目星はつけてある」
ローザの質問にドミニクはちらりとこちらを見てが、すぐにまた前をしっかりと見据えて歩いていく。
騎士団の中でも魔術を使えるものはいるが、彼らは魔術よりも剣が得意だからこそ騎士団にいるのだ。精度の高い探索魔術は魔術師団に依頼する必要がある。
王城で働く者は分担しているものが違うだけで、どちらが上だとかはない。持ちつ持たれつが鉄則だ。
その時、先頭を歩いていた騎士が声を上げる。
「出たぞ!」
飛び出してきたのは、体のサイズも見た目も狼に似た魔物だった。
ただその体は爛れ、ダラダラと口からは涎を垂らし目には青い炎が灯っている。王立学園で講義に使う教本に、絵姿も載っているぐらい有名な魔物でラヴィニアも当然知っている。属性は瞳からも読み取れるように、火。
対してどの魔術か有効なのかを見極める為に、こちらの分担は魔術要素が『水』のローザだ。
「囲め! 逃すな!」
「隊列を維持しろ!」
騎士達の声が響き、ラヴィニアは周囲を警戒しつつ彼らの邪魔にならない場所へ移動する。そこでローザは、と見ると変なところで立ち止まっている。
「メイヤー先輩?」
思わず声が出てしまったが、ローザはこちらの声には反応せずじっとしている。
魔物と戦っている騎士達もそんなローザに構っている状況ではないし、素人考えになるが後退する際に邪魔になるのでは、という位置取りだ。
ラヴィニアはきょろきょろと周囲を見渡すが、どうすべきなのか正解が分からない。ドミニクは騎士に指示を飛ばしているが、こちらを見てはいなかった。
「え?」
そこで魔術の気の流れを感じて、誰が魔術を使おうとしているのかを目で追うと案の定ローザだった。ラヴィニアはゾッとする。そこで水魔術を展開すれば、今魔物と戦っている騎士達にも被害が及ぶのは、明白だ。
「メイヤー先輩! そこではダメです!!」
叫びながら、ラヴィニアは防御魔術を編み騎士達の頭上で展開する。間一髪、ローザの水魔術がその防御魔術にぶつかりながらも通り過ぎ、魔物に当たった。
魔物は悲鳴を上げて、その場でもんどり打つ。
「あら、あなたが邪魔したから威力が半減したわ」
ローザの呑気な声が耳に届き、ラヴィニアは信じられない気持ちで彼女を見た。確かに防御魔術に弾かれた分威力は減ったかもしれないが、そうしなければ騎士に当たっていた筈だ。
「集中しろ魔女ども! 来るぞ!」
水魔術の所為で自分がダメージを負ったことを把握した魔物は、ローザ目掛けて突進してきた。彼女は薄く笑って、騎士達の更に後ろへと逃げる。
「あ、おい!」
「邪魔だ!」
隊列を組んでいるところにローザが無理矢理入ったものだから、騎士達の動きが鈍った。すかさず魔物はそちらに目標を変えて、牙を剥く。
魔物は一体だし騎士達は複数名なので勝つのは簡単かと思いきや、強い個体なのかこちらが隊の足を引っ張ってしまった所為かかなり手こずっていた。魔物の牙や爪は鋭く、騎士達はどんどん負傷していく。
「メイヤー先輩、こちらへ!」
「私に指図しないでちょうだい」
ローザはムッとしたように言い、そこに居座ることを決めてしまった。内心でラヴィニアは自分に舌打ちする。
人前で後輩の自分に指摘をされて、気分屋のローザが従う筈がないのだ。もっとローザに対して気を遣った声掛けをすべきだった。
ローザの傍の騎士達は彼女の所為で動きが制限されてしまったが、魔物を包囲している他の騎士達には影響はない。
それを確認したラヴィニアは気を引くように威力の小さい水魔術で魔物を威嚇し、向かう方向を変えさせようと試みる。
「いいぞ、ダルトン!」
ドミニクの声が聞こえ、魔物の気を逸らすことに成功したラヴィニアはホッとした。が、それが良くなかった。
確かに魔物の意識はローザ達から逸れたが、的確に攻撃してくるラヴィニアへと向いてしまったのだ。悪いことに、魔物はかなりこちらに近い位置にいる。
大きく顎を開いて間近に飛びかかってくる魔物に、ラヴィニアは恐怖で硬直する。
「ヒッ……!」
「逃げろ、ラヴィ!!」
ギルの声が聞こえ、咄嗟にローブに仕込んでいた魔法石を掴むと魔物に向けて放った。
途端水魔術が勢いよく展開し、その反動でこちらの体が吹っ飛ぶ。
「ひゃっ……!?」
がつん、と体が地面に投げ出された痛みに、ラヴィニアは気絶してしまった。




