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魔女の凱旋  作者: 林檎
30/73

30.騎士団第三隊

 

 翌日。

 第三隊が城を出るタイミングで、ローザとラヴィニアは彼らと相対していた。

 ローザは物憂げに微笑み、魔術師団長からの許可証を第三隊長のドミニク・ファネルに見せている。

 背が高くがっしりとした日に焼けた体躯に金の髪と瞳を持つドミニクは、許可証を上から下まで三回読んで爆発しそうな顔をした。


「戦場に出たことのない魔女二人を、訓練もなしに連れて行けと? ふざけるな!」


 ラヴィニアとしてはその気持ちは良く分かる。だが、同行させてもらえないことには、検証のしようがないのだ。


「文句がおありなら、師団長に仰ってくださいな」


 どうぞ、とローザは城の方へと手で指し示すが、今から出張に出ようとしている騎士達を足止めさせることになってしまう。何故ローザはこんな風に悪手を使い続けるのだろう。

 ラヴィニアはオロオロとしながらローザとドミニクの顔を交互に見た。事前に第三隊に申請して、ローザとラヴィニアが戦闘訓練を受けておけばここまでドミニクが難色を示さなかったかもしれない。


「ジャック・コールは何故こんな無謀な調査に許可証を出した!」


 ドミニクの怒鳴り声に、その気持ちもよく分かる、と内心で頷いてしまう。

 元々研究のフィールドワークの為に戦場について行きたい、という申し出自体が騎士団にとって歓迎されないことは仕方がない。彼らにとっては生きるか死ぬかの現場なのだ。

 しかし魔術師団長のジャック・コールは、騎士団の心象が悪くなりそうなことを許可したのか。しかも、昨日の今日で。

 ローザならば優秀なので、騎士団の足手纏いにはならないと考えたのだろうか。それでもさすがに早すぎる。


 それにローザと共に研究するようになってから、ラヴィニアの彼女に対するイメージはかなり変わっていった。

 もっと慎重で抜け目のない人だと思っていたのだが、今回のように新人のラヴィニアがすぐに思いつくような解決策を事前に講じないのは、手抜かりと言えるのではないだろうか?

 それとも、こうして第三隊を挑発することに意味がある? ラヴィニアには想像のつかない様な深謀遠慮があってのことなのだろうか。

 今のところ悪手にしか見えていないが。


 そうこうしている間にローザは自分の主張を通し、第三隊に同行することを無理矢理取り付けた。

 ドミニクは憤然として、怒りも露わに隊を率いて王都の外へと通じる門を騎馬で出ていく。ラヴィニアは慌てて、連れてきていた二頭の馬の轡を引き寄せる。


「メイヤー先輩」

「ええ」


 一頭の手綱をローザに渡し、ラヴィニアも馬に跨った。

 貴族令嬢として乗馬は嗜んでいるし、王立学園でも騎馬で駆けながらの魔術訓練なども受けている。

 騎士団の戦闘訓練とは比べものにはならないだろうが、せめて足を引っ張ることのないようにしなければ。

 イメージに漏れず、魔物は夜の闇の中での方が動きが活発だ。昼間の内に魔物の棲家に向かい、殲滅しておきたい、というのが騎士団の思惑だろう。

 騎士団はかなりの速度で馬を走らせていて、隊長のドミニクとしてはその所為でローザとラヴィニアが着いて来られなければ好都合か。


 乗馬が苦手なのか少し遅れがちのローザをフォローしつつ、ラヴィニアは騎士団との間を走ることで置いていかれることを防いだ。

 そのまま走り続け陽の位置が少し傾いた頃に、ようやく騎士団は馬の脚を止める。視線を巡らせると、いかにも禍々しい森が広がっていてラヴィニアは背筋が震えた。


「馬はここに繋いで行く! 見張りの者だけ残れ」

「はい!」


 騎士達はすぐに馬を降りると、キビキビと森に入る支度をしてく。

 学園での実習で、騎士団が捕らえておいてくれた弱った魔物に魔術を掛けたことはある。かなり弱っていると話には聞いていたが、眼前に現れた魔物は奇声と腐臭を撒き散らした恐ろしい姿で、ならば傷を負っていない状態はいかほどか、と恐ろしく思ったものだ。

 今回の討伐任務でも同じように、騎士達が魔物を弱らせてから予めリストアップしておいた魔術をラヴィニア達が掛けて効果を測る段取りだ。

 またあの恐怖を味わうのか、と思うと自然と青褪めてしまう。

 だだ物見遊山でここまで来たわけではないのだ。何度も言うが騎士団の足手纏いにはならないようにしつつ、成果を上げなくては。


「ラヴィニア、私達も行きましょう」

「はい」


 見張りに自分達の馬も頼んで、ラヴィニアも魔術の準備をする。

 ローザが使える魔術は水の要素のみだったので、そちらは彼女に任せて後の三要素がラヴィニアの担当だ。

 魔物に対する恐怖心を自覚しているので、相対した時に硬直して何も出来ませんでした、とならないように魔法石にいくつか術式を刻んだものも持参している。

 最悪パニックになって咄嗟に術式を編めなくても、この魔法石を発動させられれば問題ない。

 流通しているものではなくラヴィニアが即席で術式を刻んだ所為で魔法石と術式の融合が噛み合っていないので、ローザに使ってもらうわけにはいかないのが困りものだ。

 魔法石に術式を安定させるのは錬金術師の分野。今度エイデンに相談してみよう、とラヴィニアは頭の中にメモを書き留める。


「魔女は殿の騎士の前を。分かっていると思うが、邪魔してくれるなよ」


 ドミニクの、まだまだ十分に怒りの滲んだ声が掛かった。


「まぁ、それどころかお役に立って見せますわ」


 ローザは余裕たっぷりに微笑んで返している。やはり場数をこなしていての余裕なのだろうか。

 ラヴィニアはひたすら邪魔にならないように努めるつもりだし、既に迷惑をかけていることを詫びたかったがローザが謝っていないことを後輩のラヴィニアが謝るわけにはいかなかった。


「行くぞ!」


 騎士団の準備が整ったのを見て、ドミニクが号令を掛けるとゾロゾロと彼らは森へと入っていく。ローザとラヴィニアもそれに続いた。

 第三隊の中には当然ギルもいて最初こそ心配そうにこちらを見ていたが、今はもう厳しい騎士の顔をして前を向いている。

 彼の仕事の邪魔にもなりたくないので、無関係を貫いてくれた方がこちらとしても助かるぐらいだった。

 そうしてついに、ラヴィニアは昼間でも薄暗く禍々しい森の中へと足を踏み入れた。


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