29.魔女二人
翌日からはまた、ラヴィニアはローザとの研究に打ち込んだ。
魔術師棟の地下の空部屋を専用の部屋として申請して借り受け、そこにどんどん関連書籍を運びこむ。
ローザの研究は『聖魔術の実現』だった。現在この世界に聖魔術を使える者はおらず、使い手がいるとしたら異世界から召喚されてやってくるという『聖女』だけだと言われている。
古文書にいくつか記載がある程度の伝説やお伽話と変わらないレベルの話だが、不可思議な存在である魔物がいるこの世界において『聖女はいない』と否定することは出来ない。
しかし。
「異世界から誰かに来てもらう、なんてそれって連れ去りですよね。その人にだって、生まれた世界での生活があるだろうし」
魔術書を仕分けながらラヴィニアがぼやくと、実験器具を組み立てているローザが笑った。
「でしょう? それに、自分達の世界のことなのに、異世界から召喚してなんとかしてもらおう、なんてムシがいいわよね」
「……確かに」
今度はラヴィニアが笑う番だった。
召喚された聖女は、この世界の為に聖魔術を使うことを嫌がるかもしれない。いや、嫌がる権利がある。
「だからこそ私は、聖魔術を実現させたいの」
「動機が理解出来ました。ですが、風の魔術式で火の魔術は発動しません」
とん、と本を重ねるとラヴィニアはハッキリと言った。
魔術にはそれぞれに地、水、火、風の四つの力を根源とする魔術要素がある。その輪から外れた聖魔術と闇魔術。計六つの要素があると言われているが、実際には聖魔術と闇魔術はこの世界に使い手は確認されていない。
聖魔術は聖女が、闇魔術は魔族が使うとされていて、なにもかもお伽話の域を出ない。
水魔術を使う場合は、水の魔術要素を持つ術者の術式と魔力が必要であり、誰も見たことのない聖魔術を使うことは不可能だ。
ローザの表情がやや険しくなったのを見て、ラヴィニアは窓に歩み寄った。
「……窓、開けますね」
この部屋自体は地下にあるが、地上と同じ高さの位置に天窓は設えられているのだ。僅かに隙間を空けると、風が入ってきてホッとする。
石造りの地下室は、昼間でもたっぷり光源を置いておかないと暗い。何故こんな部屋を拠点としてローザは選んだのか、ラヴィニアには理解出来なかった。
「……そうね、だから私は聖魔術を使えるようにするつもりはないわ。言ったでしょう? 実現させる、と」
「どう違うんですか?」
「聖魔術は魔物に対して有効な魔術。だけど他の魔術でも倒すことは可能だわ」
「はい」
「それぞれの魔術の中の、最も魔物に有効な要素をピックアップして、それらを掛け合わせることが出来ないか……」
「なるほど、この世界にあるもので聖魔術に足りえるものを生み出す、ということですね」
「ご名答。あなたの見立てではどうかしら? これは、不可能?」
ローザが挑発する様にこちらを見てくる。
半年の間先輩後輩として過ごしたものの、ラヴィニアはローザと直接的な関わりがこれまでなかった。こうして話す様になって初めて、意外にもローザは人を挑発する様なところがあるし、気に入らないことがあると途端子供の様に膨れて口を閉ざしてしまう、気分屋の面があると知った。
ここでハッキリ不可能だとラヴィニアが明言してしまえば、きっとローザのご機嫌を損ねることになってしまうだろう。しかし幸運なことに、この件に関してはラヴィニアは嘘をつかずに済む。
「可能だと思います。いえ……まだアイデアがいくつか浮かんだだけですが、チャレンジする価値はあると思います」
「その言葉で、今は結構よ。結果を見せてちょうだい、ラヴィニア・ダルトン」
ローザは成果ではなく結果、と言った。これは、ラヴィニアが今浮かんでいるアイデア以外にもローザの中に当然勝率の高いアイデアがあるのだろう。
「承知しました」
ラヴィニアは大きく頷き、さっそく先ほど運び込んだばかりの魔術書の山の中から目当ての一冊を引き抜いた。
方針が決まればラヴィニアは優秀な魔女なので、どんどんアイデアが浮かんでくる。片っ端から思い浮かべて、可能性の高いものから順に検証していく必要があった。
四つの魔術要素を根幹とする魔術には、それぞれ相性がある。当然火と水を掛け合わせると相殺してしまうので、まずは相性のいい魔術を掛け合わせる予定だ。
しかし、当のそれぞれの魔術が魔物に一番効果的なものがどれなのか、という検証から必要なのは面倒だった。何せ魔物を倒す際に一々それをデータ化している者などいない。
誰もが魔物とは必死に戦い、なんとか勝利を手にしてきたのだ。当然、負けを喫した者もいる。帰って来なかった者も。
魔物退治が主な任務の騎士団第三隊に恋人が所属している身としても、ラヴィニアにはこの研究を成功させる意味があった。
そうして研究を進めて、あっという間に数日が過ぎた。
「……んー、データが足りないわね」
「そうですね……」
どの魔術で倒したか、ぐらいは騎士団の報告書に記載されているのだが、何がどう効果的かまでは勿論書いていない。何人かの騎士に聞き込みを試みたが基本的には疎まれたし、そもそも魔術を使えない騎士もいるので非効率的だった。
「ラヴィニア、あなたは全ての魔術要素を使えるのよね?」
「え? はい」
ラヴィニアは魔力貯蔵器官の容量が人並み外れて大きく、それ故に本来ならば魔術要素は二つ使いこなすことが出来ればとびきり優秀、とされている魔術師において四つ全ての魔術要素を使いこなすことが出来た。
そのことを、生まれに恵まれただけ、と影で言われていることも知っている。
魔術師としての強い才能を持って生まれたことは事実だが、それだけで今のラヴィニアの成績や結果を残せるものではない。ラヴィニア自身の努力が合わさったからこその結果だ、と自分では思っていた。思いたい、と。
「じゃあやっぱり、フィールドワークに出るしかないわね」
「……え?」
突然のローザの言葉に、ラヴィニアは途方もなく嫌な予感がした。




