28.そして腕の中
「ひゃっ!?」
ラヴィニアが驚いて声を上げるのと、目を開けたギルに抱き込まれるのは同時だった。さすが騎士、酔っていても寝ていても有事の際には反応出来るらしい。
「大丈夫か、ラヴィニア」
「ええ……」
返事をして離れようとすると、強い力で止められる。その間に、同じく目を覚ましたエイデンが窓を開けて馭者に確認していた。
「どうしたの?」
「申し訳ありません、石を踏んでしまったようで……」
「大丈夫?」
「はい。ご迷惑をお掛けしました、すぐに出発します」
馭者の申し訳なさそうな声の後に、ほどなくして再び馬車は動き出す。ほっとした空気が車内にも満ちた。
先程喋っていたのに、馬車の振動が心地よいのかエイデンはまたすぐに眠ってしまう。ラヴィニアはしばらく黙っていたが、先程のブライトンの最後の言葉が聞き取れなかったので訊ねようとそちらを見遣る。
だが、まるで魔術書を聖書のように抱えた格好のままブライトンも眠ってしまっていて、言葉の行き先を失ってしまった。
ラヴィニアが小さく溜息をついて座席に凭れると、未だにギルに抱きしめられていることにようやく気付く。彼は文句を言うでもなく、静かにこちらに視線を向けていた。
「アルフとなにかあったのか?」
「ううん……話の途中だっただけ」
「ふぅん?」
ギルは特に含んだ様子もなく相槌を打つ。元々多忙な中、ちっとも時間を取ってくれない恋人に対して彼は優しすぎる。
二人で話す段になればお叱りの一つも覚悟していたラヴィニアは、ギルの健気な様子にたまらなくなって抱き寄せられているのとは逆の彼の手を握った。
「……寂しい思いをさせてごめんね」
「ああ……ああ、もう忘れろ。恥ずかしい……皆の前で、ラヴィにだって伝えるつもりなかったのに」
酒に弱いギルだが、酔っている間のことはちゃんと覚えているのだ。酒精ではなく羞恥に頬を赤らめて、ギルは視線を外す。
「恰好悪いだろう? 意地を張って、待つだの守るだの言っておいて、結局寂しいなんて」
「うう、私の恋人が健気で可愛い……」
本当に感動して言うと、ギルは照れくさくて仕方がないらしくラヴィニアが握っている手を一度乱暴に解いて、指を絡めて繋ぎなおした。
「ハイハイ、可愛いのはラヴィだからな」
「あら、私はカッコいいを目指してるのに」
「俺もカッコイイ方がいいな」
そこで二人はようやく視線を合わせて、ふっと笑い合った。
「ごめんね。もう少し待ってて、なんとしても結果を出して大手を振ってあなたの花嫁になりたいの」
「……そんな風に言われたら、いつまでも待つしかないな。でもたまにはこうして構ってくれ。お前の恋人はヤキモチ焼きで寂しがり屋だ」
持ち上げられた繋いだ手、ギルの唇がラヴィニアの指先に触れる。
ガタガタと揺れる馬車の中、窓からの月の光に照らされた恋人の顔は惚れ惚れするほど美しい。ラヴィニアは溜息をついて、返事の代わりに手を引き寄せてギルの指先にキスを落とした。
「……ねぇ。そろそろ僕達起きてもいい?」
そこでエイデンの声が掛かり、ギルが行儀悪くも盛大に舌打ちをした。




