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魔女の凱旋  作者: 林檎
27/73

27.馬車の中の闇

 

 騒がしくも和やかに食事会は終了し、夜も深くなったのでそれぞれ帰ることとなった。

 侯爵邸の玄関ホールでほろよいのアウローラは男性陣に挨拶を告げ、最後にラヴィニアのことをひと際大切そうに抱きしめる。


「ラヴィ、あなたまた痩せてしまったわ。ちゃんと食べて、なるべく睡眠を摂って頂戴ね。研究と功績は大切なことだけれど、健康な体があってこそよ」

「ローラ。……ありがとう」


 本当にアウローラは母親のようだ。

 ダルトン伯爵夫人であるラヴィニアの実の母親は穏やかで優しい人だが、跡取りである弟にばかり関心を向けている典型的な貴族夫人だ。決して冷遇されているわけではないが、家族からは貴族令嬢の務めを果たすことだけを求められており、ラヴィニアは幼い頃からひしひしと感じていた。

 それは魔術師であるラヴィニアには耐えられない価値観だ。

 もっと凡才であったならばよかった。あるいはアウローラのように、貴族令嬢として誇りを持っていられたら。


「心配しなくても、あなたは天才よ。焦らなくても、その内世界があなたに追いつくわ」

「……そうよね、きっと放っておいても世界に見つかってしまうわ」

「あら、言うじゃない。その意気よ」


 ラヴィニアがわざと強がって言うと、アウローラはニヤリと笑ってラヴィニアの鼻を摘まんだ。

 実家のウェルツィン伯爵家に住んでいるクラウドが迎えに来た従者と共に帰ってゆき、残りは王城の宿舎住まいのなのでパッガーノ侯爵家の馬車で送ってもらう。

 対面の席でラヴィニアとギルが並んで座り、向かいにはブライトンとエイデンが座る。皆そこそこお酒を呑んでいるので、馬車に揺られながらうとうととしていた。

 微睡むギルに腰を抱き寄せられて、今ぐらいはいいか、とラヴィニアが彼の肩に頭を乗せる。

 ラヴィニアの為にギルはいつも人目を気にしてくれているが、ここにいるのは気ごころの知れた者ばかりなので、それも緩めているのだろう。

 ふと顔を上げるとブライトンがこちらを見ているのが、窓からの月の光に照らされて見えた。


「ブライトン?」


 ギルもエイデンも眠ってしまったので、ラヴィニアは小声で彼に問いかける。魔術書から顔を上げているブライトンを見るのは、なんだか久しぶりな気がした。


「ラヴィ、メイヤー先輩の研究を手伝うんだな」

「ええ。あなたも呼ばれていたんですってね。でも断った……私に手柄を譲るつもりなの?」


 わざと皮肉っぽく言ってみせる。

 早く実績を出したいのは、ラヴィニアもブライトンも同じだ。魔術師に性差はないが、ラヴィニアは家族からは早期の結婚とあわよくば退職を望まれている。

 そして、同じく才能豊かな魔術師であるブライトン。彼はブライトン男爵の妾腹の子だ。

 本妻は男子に恵まれず、七歳まで平民として育った彼を男爵は母親と引き離して無理矢理家に迎えたのだという。

 王立学園に入学するまでの数年間、男爵と本妻その間に生まれた娘と共に暮らした日々をブライトンが語ったことはないし、楽しい日々だったとはとても考えられない。

 ただ彼は入学してからも卒業してからもずっと魔術書に没頭し続けていて、目的はラヴィニアと同じで魔術師として名を上げること、だった。

 身近にこれだけ熱心で能力の高いライバルがいたからこそ、ラヴィニアもより研鑽に励んでこられたのだと思っている。


「……譲ってなんかないさ」


 嫌味のつもりだったのにあっさりと躱されて、ラヴィニアは唇を尖らせる。するとそれが面白かったのか、ブライトンは楽しそうに笑った。


「そう? 近道だとは思うけど」

「ああ……でも俺と彼女では研究の方向性が違うから」

「うーん……そうだけど……」


 ラヴィニアは納得出来なくて首を傾げる。先程から寄り掛かってくるギルの身が重いのだが、今はブライトンとの話のほうに意識が向かっていた。

 ブライトンは主に術式の理論を研究しているが、ローザの得意分野は術式が齎す効果の方だ。

 しかし魔術は辿れば当然根源は同じ、むしろ分野の違う者同士で共同研究するほうが多方面の視点を得られるとラヴィニアは考えている。

 ローザも、同じ考えでブライトンに声を掛けたのではないだろうか。


「それに……嫌いなんだ」

「メイヤー先輩?」


 向上心と出世欲は人一倍だが、さほど他人に関心のないブライトンにしては珍しい言い方にラヴィニアは驚いた。

 女性だからという理由で彼がローザを疎んじるとは思えないし、まさか魔術師として功績を上げているからの妬み、とも考えにくい。しかもブライトンは苦手だとか気に入らないだとかではなく、はっきりと『嫌い』だと言った。

 逆にそこまで誰を意識していたなんて、意外だ。


「……あの女は、信用出来ない」


 その時、馬車の車輪がなにかを噛んだのか、がくん、と車体が揺れた。





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