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魔女の凱旋  作者: 林檎
26/73

26.綺羅星の、仲間

 

「……あなた、一人?」


 ローザがゆっくりと首を傾ける。

 大輪の薔薇よりも、香り立つ百合のような妖艶な魅力のある女性だ。彼女は同性だというのに、ラヴィニアは何故かドキリとする。


「他に誰か来る予定でしたか?」

「アルフレッド・ブライトンにも声を掛けておいたんだけど……」


 そう言われて、ラヴィニアは表情には出さなかったが非常に落胆した。

 てっきり、魔術師の中でも一目おかれているローザの、その研究の手伝いに指名されたのだと思ったのだが、ブライトンも呼ばれていたとは。しかも彼は自分の研究を優先したのだ。

 なんだか功を焦るあまり、自分だけが勇み足を踏んでしまっているように感じて恥ずかしかった。

 とはいえ、能力のある先輩の研究の手伝いをすることは、必ず自分のプラスになる。


「私だけでは、力不足でしょうか?」


 背筋を伸ばしたラヴィニアが力強く微笑んで言うと、ローザはおや、と表情を変えた。

 きっと彼女は成績でラヴィニアとブライトンを指名しただけで、今ようやくラヴィニアの顔をまともに見たのだろう。


「……いいえ。そうね、あなたがいてくれたら、十分だわ」

「ご期待に沿えるように、尽力します」


 こうして、ラヴィニアはローザの研究を手伝うことになった。

 論文が纏まった暁には共同研究者として名が知れ渡ることになるが、物にならなければただの徒労に終わる。しかも新人のラヴィニアは、魔術師団から課せられる研究も平行して行っていかねばならない。

 結果さらに忙しくなり、恋人との逢瀬の時間はますます減って行った。


 *


「……それで私生活を犠牲にしていては、世話ないな」


 クラウド・ウェルツィンの言葉に、ギルが頷いた。

 今夜は友人のアウローラ・パッガーノ主催の食事会が、彼女の住まいであるパッガーノ侯爵邸で催されている。参加者は王立学園の同級生で、ごく親しい者だけだ。

 煌めくシャンデリアの下、ぱりっとしたテーブルクロスの敷かれた長方形の天板のテーブルに集うのは、男女六人。


「いいか、ラヴィ。悪いことは言わないから、さっさとギルと結婚しろ。お前の人生でこれ以上の条件の男と結婚するチャンスは他にない筈だ」

「事実だと思うけど、めちゃくちゃ失礼なことを言われている……」


 クラウドが熱心に言ってくるが、内容は失礼極まりない。

 前菜のテリーヌが気に入ったので給仕にもう一皿頼んで、ラヴィニアはシャンパンのグラスを傾けた。


「あぁら、なに言ってるの。この子は結婚なんかしなくても、好きに研究を続ければいいのよ。もし誰かがなにか言ってくるなら、私の養子にすれば問題ないわよね? 公爵令嬢のラヴィもきっと素敵よ」

「ローラ、お前は変な方向にラヴィを甘やかし過ぎだ」

「えーん、パパ、ママ。私の所為で喧嘩シナイデェー」


 棒読みで言い置いて、ラヴィニアはおかわりした前菜の皿にナイフを入れる。親しい者だけの食事会なので、遠慮なく美味しいものを大食いしていくつもりだった。

 このクラウドとアウローラ、そしてラヴィニアの三人は幼馴染だ。ラヴィニアに厳しいクラウドと、ラヴィニアにとても甘いアウローラの二人を両親に見立てて茶化すのは三人の中で長年続いているジョークで、今更誰も指摘しない。


「本当に……二人とも言い争ってないで食事しましょうよ」


 現宰相の甥であるクラウドと、魔術の才能があるラヴィニアが王立学園に入学するというので、特に政治的野心もなく魔術の才能もないがアウローラも学園に入ったという経緯がある。

 政治学や魔術だけではなく、カリキュラムには淑女教育などもあったのでそちらの方面では他の追随を許さないトップの成績をキープしていたのだから、アウローラも立派な優等生だ。

 それだけではなく、そもそも彼女は幼い頃から公爵家の長男と婚約していて、学園を卒業した現在は結婚準備に入っていた。

 彼女の夫になる男は、現国王ジョルジュ陛下の甥である。


「ローラ、馬鹿を言うな。このじゃじゃ馬に公爵令嬢なんて権力なんか与えたらロクなことにならない。お前が次期公爵夫人になることだって、俺は未だに戦慄しているのに」

「あら、お言葉ね。でもギルだって侯爵家の子息よ、彼と結婚しても権力と無関係ではいられないわよぉ」


 アウローラは扇で口元を隠してころころと笑う。

 豊かな金の髪に、輝くような緑の瞳。女性的なまろい体に、爪の先の隅々まで美しく磨き抜かれたアウローラは、贔屓目をなしにしても艶やかな美女だ。

 社交的なアウローラは、大小の夜会や茶会を切り盛りするのが大好きだが、こうした気心の知れた者達だけで寛いで過ごす会が一番好きなのだ。

 なにせ一人残されるのはつまらないから、という理由でラヴィニアとクラウドを追って学園に入学してしまう程の猛者なのだから。筋金入りの寂しがり屋、そして大いに愛情に満ちた人で幼馴染とその親しい友人達のことを深く愛している。


「んん……このお肉、柔らかい」


 幼馴染達が自分のことを褒めたり貶したりしているのを聞き流しながら、ラヴィニアはメインの子牛料理へと進んでいた。食事を満喫している。

 絶妙な加減に火入れされた肉に、果実のソースが美味しい。添えられた温野菜は苦みのあるもので、シンプルに味付けは胡椒だけ。順番に食べると口の中で非常にバランスが良く、幸せでいっぱいになる。


「この後に酸味の強い赤ワインを合わせると最高……!」

「ラヴィは食いしん坊だねぇ」


 向かいの席に座るエイデンは朗らかに笑って、先程から何度もおかわりのパンを給仕してもらっている。子牛料理にはナイフも入れていない。彼は偏食なのだ。


「エイデンこそパンばかり食べてないで、お肉食べなさいよ。美味しいわよ」

「僕は今日はこのパンが食べたいんだもの。あ、アルフ、お肉食べてよ」

「ん」


 エイデンはサッ、と隣のブライトンに皿を渡し、相変わらず魔術書を片手に持って目線をそちらに注いでいるブライトンは、あっさりとエイデンの皿にフォークを刺した。


「あ、コラ。行儀が悪いわよ」


 ラヴィニアが注意している間にも、大口を開けたブライトンに哀れエイデンの肉は食べられてしまった。


「もう! エイデンは栄養が偏るからきちんと出されたものは食べなさい! ブライトンは本を読みながら食事を摂るのは行儀が悪いからやめなさい!」

「ラヴィは乳母みたいに口煩いな。これを今日中に読んでしまいたいんだ、もう少しで終わるからそうしたら遊んであげるからな」

「人のことを乳母と呼んだその口で、子供扱いしないでよ」


 ブライトンの悪態にラヴィニアは悪態で応戦し、そこでようやく先程からやけに静かな隣の席に目を向けた。

 そこには金髪碧眼の美しい恋人が座っていて、こちらをうっとりとした目で見つめている。その表情を見て、とても嫌な予感がした。


「あ、ギルお酒飲んだでしょう!」

「うん。ラヴィがメインと合わせたら美味いって言ったから」

「んもー! あなたお酒弱いんだから飲まなくてもいいのよ!」

「……そうか?」


 こてん、とギルは首を傾げる。

 普段騎士としてや侯爵令息として公の場に出る時は赤ワイン一杯でここまでふにゃふにゃになることはないのに、元々アルコールに弱い彼は今夜は寛いだ会なので余計に酔いが回っているのだろう。

 筋肉の付いた重い体がしな垂れかかってくるので、非力なラヴィニアには文字通り荷が重い。


「重い重い重い。ギル! 自分でちゃんと座って!」

「何故そんな冷たいことを言うんだ? 逢瀬の時間が取れなくて俺は放っておかれているのに、今日のこの会には出席しているし……」

「いや、だってこれは前から約束してたし……」

「せっかく会えたのに、ラヴィは他の男と話してばかりだし」

「えー……クラウドとブライトンとエイデンよ? 赤ちゃんみたいなものじゃない」


 酔っ払いのさめざめとした文句に、ラヴィニアは律儀に返す。しかしそれを聞き咎めたのはパパ、もといクラウドだった。


「その喧嘩買うぞ、ラヴィ」

「話がややこしくなるから黙ってなさいよ、クラウド」


 すぐさまピシャリとアウローラが止める。息の合い方がぴったりだ。

 二人は男女だが恋に落ちることなどまったくなく、気の置けない悪友のような関係を今に至るまでに築き上げている。ラヴィニアとしても、三人でいるととても落ち着くのだ。

 とはいえ、今はこちらの酔っ払いを構ってあげなくては。


「……寂しかったの?」


 ラヴィニアが問うと、ギルはこくんと頷く。その素直な様子がたまらなく可愛らしく感じて、思わず彼の頭を抱きしめた。


「ああん、私の恋人が可愛い!」

「その可愛い恋人を放置していた女のセリフとは思えんな」

「黙りなさいってクラウド。ちょん切るわよ」

「何をだ!」

「……髪の毛かしら?」

「十二分に怖い」


 王立学園を卒業して半年。

 綺羅星のよう、と称されたそれぞれに秀でた能力を持つ特に仲の良かった同級生達と過ごす夜は、ラヴィニアにとって最高に満ち足りた時間だった。



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