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魔女の凱旋  作者: 林檎
24/73

24.錬金術師と寄り道

 

 大急ぎで一旦女子宿舎に帰ったラヴィニアは、替えのローブに着替えて今日の業務に必要な書類を抱えると、魔術師団の研究棟へと出勤する。


「おはようございます」

「おはよう」


 建物の中に入ると、既に幾人かは出勤していて彼らと挨拶を交わす。

 魔術師だからといって、日夜魔物退治に遠征しているわけではない。むしろ日々の魔術の研究・研鑽が主な職務であり、その結果が魔物退治などで発揮されるのだ。

 遠征予定などがない限り通常業務は魔術の研究が主なので、その性質上個人主義の者が多い。

 朝礼などがないのは助かるが皆黙々と研究を続けているので、友人達とわいわい情報交換をするのが好きだったラヴィニアとしては少し寂しく感じる時もあった。とはいえ、研究に没頭すれば他の魔術師と同様にラヴィニアも一人で黙々と勤しんでしまう。

 デスクに着くと、さっそく昨日の研究の続きに取り掛かった。


 ラヴィニアは今は、古い魔術具の改良を上司から命じられていた。

 開発された当時は最先端かつ効率的な道具だったが、今の魔術理論に照らし合わすともっと効率が上がる筈だ、ということで、ここ数日コレにかかりきりなのだ。

 王城魔術師になってしばらく経ち働くこと自体にも職場にも慣れ、そろそろ自分の力で何か成し遂げたい、という衝動が沸いてくる頃だった。

 ギルのことは愛しているし、勿論彼と結婚したいと望んでいるが、結婚してしまえば良くも悪くも環境は変わってしまう。

 せめて何かひとつ自分でやり遂げてから、心おきなく彼の妻に成りたかった。


「おはよう、ラヴィ」

「ブライトン。おはよう」


 隣の席にブライトンが座り、魔術書を広げる。


「今朝、騎士隊舎から脱走する熟れた林檎みたいな赤髪の女の背中を見たんだけど、心当たりない?」

「ない。で、あなたは何故騎士隊舎の様子を知ってるの?」

「いやだなぁ、小耳に挟んだだけだよ」


 ラヴィニアが逆に質問すると、ブライトンはハハハ、とわざとらしく笑ってはぐらかす。

 確信のない問いに狼狽えていては、この男の思う壺なのだ。ラヴィニアは話をややこしくするのが好きな同期のことは放っておいて、研究の続きを進めることにした。

 そのまま上司や先輩との打ち合わせを済ませて昼食の時間になったので食堂に行き、午後の就業時間に席に戻ってくるとブライトンはもう席に着いて今朝とは別の魔術書を開いていた。


「今朝のはもう読んだの?」

「まぁ」


 ふふん、と笑われて、顔を顰める。

 王立学園での座学の成績はブライトンの方が上で、速読の速さも彼の方が優っている。ちなみに実技はラヴィニアの方が成績は良かった。

 彼は間違いなく優秀で学ぶところの多い男であり、親しい友人ではあるものの互いにライバル視してもいる。


「そうだ、ラヴィニア。メイヤー先輩が探してたよ。魔術書庫の二の棚で手伝って欲しいことがあるんだって」

「メイヤー先輩が? 急いだ方がいいかしら」

「昼食を終えて、席に戻ってからでいいって言ってたよ」

「そう……じゃあ今から行ってくるわ」

「うん」


 ブライトンは魔術書から顔を上げないまま言い、ラヴィニアはその様子にため息をついて座ったばかりの席を急いで立った。

 魔術書庫までは、距離がある。午後の就業時間になってからでいい、と言われていたとしても、先輩を待たせるのは心が咎めた。

 魔術師棟を出てから一瞬迷ったが、ラヴィニアは隣の錬金術師棟の横を突っ切るルートを選んだ。こちらのほうが書庫への近道なのだが、錬金術師と魔術師はあまり仲が良くないので新人のラヴィニアが通っていて見咎められると面倒なことになりそうで嫌なのだ。

 なるべく急ぎつつ、コソコソと外廊下を走っていると、さっそく声を掛けられてしまった。


「あれ? ラヴィ。珍しいね、君がここを通るなんて」


 庭へと開けた外廊下。その石の床に直接座り込んで、書き物をしている男に出くわす。

 灰色の髪に、黄金の瞳。背はひょろりと高く、尚且つ体形に合わないぶかぶかのローブを羽織っているので遠目にはシーツのお化けのように見える。


「エイデン! あなた、またこんなところで座り込んで……」


 ブライトンと同じく王立学園の同級生だった、エイデンだ。

 彼は平民であり両親を早くに亡くした孤児だったが、孤児院の院長が類い稀なエイデンの才能を見出し、学園に推薦して入学したという珍しい経緯を持つ。


「この季節はここの日当たりが一番いいんだよ」

「あなたは花か何かなの?」


 ラヴィニアはエイデンの隣に膝をつくと、彼のローブを洗浄魔術で綺麗にする。

 一体どこを通ったのか、乾いた泥がついているし謎の汁で汚れていたのだ。身も心も自由なエイデンは、身なりには頓着しない。

 彼は途端、子供のようにふにゃりと笑った。


「ありがとう、ラヴィ! その魔術、懐かしいなぁ」

「どうしたしまして。そろそろ自分で覚えたら? 初級魔術の応用よ」


 学生の頃からどこでもお構いなしに座り込んで服を汚すエイデンの為に、ラヴィニアはしょっちゅう洗浄魔術を掛けてあげていたのだ。



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