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魔女の凱旋  作者: 林檎
22/73

22.隙間なく、抱きしめて

 

「ツ、ツバサ様!」


 ツバサの叫び声と、グラウの焦った声が聞こえる。慌ててラヴィニアは顔を上げたが、抱きしめる腕はちっとも揺らがない。

 無理矢理首を巡らせて見遣ると、二人が座っているベンチへと続く石畳の道の先にツバサとグラウ、アンジェリーナが立っていた。

 向こうで待っているように告げたものの、時間がかかったので心配になって覗きにきたのだろう。


「ギル、離して」

「離れるなと言ったのはお前だ」

「殴るよ?」

「痛くも痒くもない」


 またそう言われて、ラヴィニアはギルの頬を抓った。彼は本当に痛くないようで、ふにゃりと目を細めて笑う。

 その間に三人はこちらまで来ていて、抱擁が渋々解かれた。とはいえギルの長い腕は、離さないとばかりにラヴィニアの腰に回ったまま。


「お母さん! 大丈夫!?」


 どん、と駆け込んできた娘をラヴィニアは抱き締める。心配そうにツバサの眉は下がっていて、母として幼い娘に心配をかけてしまったことを情けなく思った。


「ごめんね、心配かけちゃって……」

「私はお母さんのこと大好きだから、心配してるの! ごめんはいらないよ、私だって、お母さんにたくさん心配かけてるでしょう?」

「うん……でも、私はお母さんなんだから当たり前よ」

「私だって家族だもん、当たり前だよ」


 ぎゅっとツバサにも抱きしめられて、ラヴィニアはますます涙が溢れる。この五年の間ちっとも泣かなかった分を取り戻しているかのように、先ほどから涙が止まらない。


「ずっと私のことを守ってくれてありがとう。これからは、私もお母さんを守るね」

「ありがとう、ツバサ」


 ラヴィニアが感動してお礼を言うと、ツバサはにっこりと笑った。うちの娘は世界一可愛い、とラヴィニアは感動する。

 ツバサはそれから、キッと眦を吊り上げてギルを睨んだ。


「ギルさん。お母さんに結婚のお申込みをする時は、家族を通してください!」


 どこから見られていたのか、ラヴィニアは考え至ると赤面して倒れてしまいそうだ。

 ツバサの言い方が『保護者を通してください』と言ったラヴィニアの口調にそっくりで、思わずギルは笑う。

 それを見てご機嫌を損ねたらしいツバサは、ぐいぐいと母親の腕を引っ張った。


「お母さん、私疲れちゃった。お茶にしようよ、アンジェリーナさんにお菓子用意してもらって」

「ふふ、そうね」


 ツバサに可愛らしく強請られて、娘に甘いラヴィニアは相好を崩す。慌てたのはギルだ。


「待て待て。分かった、聖女様」

「ツバサです」


 ツバサが鋭く返すのを、ラヴィニアは娘の成長を見守る母の顔で眺めて未だに感動している。その母子をちょっぴり忌々し気に見て、ギルはもう一度改めた。


「あー……ツバサ嬢。あなたの……母君に求婚したいのですが、お許しいただけますか」

「すごい、ギル・カーヴァンクルが子供に媚びてる!」

「お前の為だ、馬鹿者」

「だから馬鹿って言うほうが、馬鹿なんだってば」


 アンジェリーナとグラウは驚いた顔でこちらを見ているが、何も言わずに事の次第を見守っているようだ。

 ギルに腰を抱かれたまま彼と言い争うラヴィニアを、ツバサはじっと見つめた。何か彼女の中で納得出来るものがあったのか、ツバサはひとつ大きく頷いた。


「許可します」

「偉そうだな……」


 ギルは渋い顔をしたが、せっかく取り付けた許可を反故にされてはかなわない、とばかりにラヴィニアを引き寄せた。元々密着していたのが更にくっついてしまったが、もうラヴィニアは暴れもしないし文句も言わない。

 だって、離れるなと言ったのは自分なのだから。


「ラヴィニア」

「ん」

「もう一度言わせてくれ」


 抱きしめられたままギルの額がこつんと合わさり、久しぶりに至近距離で見る美しい男にラヴィニアは惚れ惚れとする。

 そう、跪いたりなんてしないで、目線を合わせて言ってくれたら、それだけでよかったのだ。


「……愛してる。俺と結婚してくれ」

「勿論!」


 返す言葉は、五年前と同じだ。

 弾けるように笑ったラヴィニアを、ギルは眩しそうに見つめてくる。

 と、そこにアンジェリーナが素早く歩み寄った。


「ギル様、こちらお預かりしておりました」


 差し出されたのは、いつもラヴィニアが首から提げていた魔法石。五年前に結婚を申し込む際にギルが贈った、彼の瞳の色の石のペンダントだ。

 鎖を見て、研究室でラヴィニアが回復魔術を掛けた際に使った魔法石だと気付いたのだろう。ギルはハッと唇を震わせた。


「これを……これを、ずっと持っててくれたのか?」

「……ずっと私を守ってくれたのは、この魔法石よ」


 ラヴィニアの言葉を聞いて、ギルの碧眼から静かに涙が零れる。首を傾けると、ギルの手ずからラヴィニアの首にペンダントが掛けられた。


「……ありがとう」


 その言葉は、ラヴィニアがずっと贈り物を持っていたことに対することなのか、魔法石がラヴィニアを守ってきたことに対してなのか。

 ギルから真意は語られなかったが、ラヴィニアはそれを問い質すつもりはない。

 今はただ、ようやく戻って来れた腕の中で、隙間なく抱きしめられていたかった。



読んでいただいてありがとうございます!

来週からは五年前の過去編を始めます。まだ説明されてなくない?という事情はその後おいおい明らかになっていきます。

もしよろしかったら、引き続きお付き合いしてくださると、嬉しいです!

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