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魔女の凱旋  作者: 林檎
21/73

21.新しい約束

 

 急に決まった遠征は通常迅速な対処が求められる案件の筈なのに、それではまるでギルを王城から遠ざけておきたかっただけのように聞こえた。

 ギルと第三隊が出立した翌日にローザ・メイヤーによる事件は起き、彼女は即刻処刑されラヴィニアは牢に入れられたことになる。当然、ギルが城を不在にしていることは知らなかった。

 魔力貯蔵器官を無理矢理奪われたラヴィニアは、牢に入れられた当初意識が朦朧としていたし、その後も家族やギルを呼んでくれるように看守に頼んだが聞き入れられずじまい。

 そのまま七日間の拘束の後に、王城からの追放が決まった。


「私……ギルは、罪人になった私を見限って面会に来てくれないんだと思ってた……」

「違う。俺が王都に戻って来れた時には、もうラヴィは旅立った後だったんだ」


 ラヴィニアが唇を震わせて喘ぐと、耐え切れない様子のギルに抱きしめられる。それに抗う気力も意思も、ラヴィニアにはなかった。


「王都を出る時も……あなたはいなくて、私……」


 当時のなにもかも失い、惨めで辛かった思いが溢れてきてラヴィニアは言葉を失う。罪人として王都を出る夜、後でどんな非難を浴びるか分からないのにこっそりと見送りに来てくれたごく数名の友人達がいた。だがその中に、ギルの顔はなかった。

 いつも折に触れてギルはラヴィニアを守ると言ってくれていた。当時の天才魔術師と持て囃されていたラヴィニアはギルの守りなど必要なく、むしろ有事の際は自分が守ってやるぐらいの気概でいたものだが、魔術師としての能力を失ったただの女は無力であり、その時こそギルの温かな腕の中に隠れてしまいたかった。

 もっとも彼にそばにいて欲しい時に、彼はいなかったのだ。


「本当に、ごめん。ラヴィが、そんな思いをしていたなんて、本当に知らなかったんだ。そうと知っていたら、すぐに追いかけたのに」


 ギルの硬い手のひらが、慰めるように何度も背中を撫でた。

 あの夜も、ラヴィニアは彼の手の平を欲していた。今となっては、遠い夜。そして、ギルに事情があったなんて考えもしなかったことを恥じる。


「……もっと」

「ん?」

「もっと強く抱きしめて、ギル……」

「ああ……」


 紫の瞳から、熱い涙が溢れていく。

 ギルは、ラヴィニアのことを見限ったわけではなかったのだ。彼は今ここにいて、ラヴィニアを五年前と変わらず強い力で抱きしめてくれている。


「ラヴィ。愛している、五年前からずっと、変わらず、お前のことだけが愛しい」


 ギルの唇が、髪に触れて小さなリップ音を立てる。


「不甲斐ない俺を、許してくれなくていい。お前が一番辛いときに、俺はそばでお前を守ることが出来なかった……」


 ギルも悲しんでいるのだと分かって、ラヴィニアはますます泣けてくる。

 いつもギルはラヴィニアを守ると言ってくれていたし、それを疑ったことは一度もなかった。だから、五年前の事件の際に彼がそばにいないことを裏切りだと考えるよりも、もう彼にとって自分は大切な存在ではなくなったと考えて、諦めてしまっていたのだ。

 ラヴィニアは、ギルの愛を諦めていたのだ。

 彼は今も、ラヴィニアのことを愛してくれているのに。


「私も……あなたを信じ続けることが出来なくて、ごめんなさい」


 そう言うと、ギルは首を横に振る。


「そんなことは構わない。自分で幸福であることよりもラヴィが幸せである方が、俺は嬉しい。……もし、これから俺に出来ることがあるのなら、なんでもさせてくれ」


 ギルの言葉に、ラヴィニアはショックを受けた。

 今度はギルが、ラヴィニアから愛を受け取ることを諦めているのだ。許してくれなくていいから、役に立ちたいと告げてくるこの男のことこそを、ラヴィニアは求めているのに。


「馬鹿……」

「ああ、俺は愚か者だ」


 本当に、なんて馬鹿な男なんだろう。ラヴィニアはギルの両頬を手で包み込むと、引き寄せて唇にキスをした。


「ラヴィ?」


 ボロボロと未だにラヴィニアの紫の瞳からは大粒の涙が溢れている。唇をぐいっ、と拭うとはっきりと宣言した。


「なんでもするって言うなら、その後悔をさっさと捨てて! 私のことを愛してるなら、もう二度と離れないで!!」

「……それで、いいのか? 俺は……」


 ギルが戸惑った様子で瞳を揺らす。


「私がそうしてって言ってるの」

「うん……分かった。それが、お前の望みなら」


 ラヴィニアは今度こそ息も出来ないぐらい強く、ギルに抱きしめられた。

 痛いぐらいの力で抱きしめられても、今のラヴィニアにはそれが心地いい。

 この五年の間、何もかも失ったと思い込みツバサの為に必死に生きてきたが、こうしてギルに抱きしめられると失っていた体のピースが戻ってきたかのように感じる。彼がそばにいなくて、辛かった。寂しかったし、ずっと寒かった。

 力強いこの腕の中こそが、自分の居場所なのだとラヴィニアには感じられて、心から安心して体からも力が抜ける。

 涙はちっとも止まらなくて、すりすりとギルの肩に懐くと抱きしめる力を強められた。


「あー!! お母さん泣いてる! ギルさんが泣かせたの!?」


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