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魔女の凱旋  作者: 林檎
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2.重ならない、線

 


 本題の様子にラヴィニアがムッと眉を吊り上げると、いつの間にかギルが応接室の壁に寄り掛かって立っているのが見える。彼を無視して、ラヴィニアはブライトンを真っ直ぐに睨んだ。

 同期だしブライトンのことは信頼している。だが離れていた期間は長く、味方である保証はない。


「まぁ、まずお茶でも飲むか」

「いいえ。話を進めてちょうだい」


 ツバサは五年前に森で倒れているところを、村に住み着いたばかりのラヴィニアが見つけて保護した少女である。この国ではとても珍しい黒髪黒目に平坦な顔立ちの少女で、最初は言葉も通じなかった。

 年は今で十歳ぐらい、よくよく事情を聞いたところどうやらここではない別の世界から迷いこんできたらしい。

 魔術師として異世界召喚の術があることは知っていたので、ラヴィニアはツバサの出自をあっさりと受け入れた。勿論異世界召喚の術だなんて、古文書にしか記されていない眉唾ものの伝説だが、それでも絶対ないとは言い切れない。


 そうなると、誰が召喚したのか? という謎が発生してしまう。


 だがもしも全てツバサの嘘で、彼女がただの家出少女でも構わない。何かしらの理由があって、見知らぬ土地に来た幼子がいる。

 当時のラヴィニアにとっては、それだけでツバサの言葉を信じ保護するのに十分な理由だったのだ。


「いやはや。まさか、聖女が何年も前にこの国に召喚されて来てたなんてなぁ」

「まず、そこからよ。この子が聖女だという証拠でもあるの?」

「お前、その子に魔術の手解きをしてるだろう? なら分かるんじゃないか」

「……」


 図星だ。

 元王城魔術師のラヴィニアから見て、ツバサは魔術の才能の塊のような子だった。吸収も早いし、応用も利く。

 何より、失われた属性の筈の、聖魔術を使うことが出来たのだ。


「知らない」


 ラヴィニアがすっとぼけると、ブライトンはソファで寛ぎながら溜息をつく。彼の瞳がチラリとツバサを見、ツバサはサッとラヴィニアに抱き着いて隠れた。


「ラヴィニア、お前だって最近魔物の数が増えたことは分かってるだろ?」

「……さぁね、知らないわ」

「田舎に引っ込んで、魔術師としての感性が鈍ったのか」


 ギルが壁際から嫌味を投げてくるが、ラヴィニアは無視する。挑発に乗って可愛い娘を戦場に送り出すつもりは、毛頭ないのだ。


「……その件を副師団長のあなたと交渉するの? それこそ師団長の出番ではなくて?」

「この後は師団長、騎士団長、議会にも公表するさ。今のところはまだ、俺のところで話を止めている。だから証人として、第三隊の隊長であるギルに同席してもらってるんだよ」


 情報が多くて、ラヴィニアは黙って脳内で整理する。

 つまり今のところ、ツバサが聖女であるということを知っているのはこの二人と使者として村にやってきた一部の者だけ、ということだ。

 ならばこの場を上手く収められれば、これからもツバサは穏やかに村で暮らせるかもしれない。

 それにしても、ギルは騎士団第三隊の隊長になっていたらしい。同期は出世頭ばかりだ。


「騎士団と魔術師団が、必ず責任を持って守ると約束する。聖女様に、魔物討伐の旅に出てもらいたいんだ」

「お断りよ」

「ラヴィニア……聖女様が魔物討伐の旅に出てくれないと、何の罪のない村人や旅人が犠牲になっていくんだぞ?」


 ブライトンの口調は聞き分けのない子供にするように優しいが、内容は厳しい。それを聞いてツバサはサッと顔を青褪めた。

 自分が違う世界から来たことは理解しているが、まさか「聖女」などという大層な立場だとは思ってもみなかったのだろう。


 聖女とは、この世界が危機に陥った時に異世界より現れる救世主と言われている。現代には使い手のいない聖魔術を使いこなし、魔物を弱体化させ瘴気によって汚れた土地を浄化出来るのだという。

 しかし、歴史書には聖女が現れたという正式な記述はなく、お伽話のように伝わっている存在だ。

 ツバサが最も得意な魔術は元王城魔術師であるラヴィニアも知らない属性であり、効果を見る限り恐らく聖魔術なのだろう、という予測はしていた。


 だが確証がなかったのでラヴィニアはツバサにそれを告げなかったし、ブライトン達のように王城の者がツバサを見つけられなかったら、それはそれまでのことだと考えていた。

 逆にどうしても必要な存在ならば草の根分けてても探し出すだろう、とも思っていた。それぐらい、するべきだ。

 そして彼らはあんな田舎で慎ましく暮らしていたツバサを、見つけてしまった。

 でもそれは彼らの事情で、ツバサの事情ではない。


「ブライトン。相変わらず詐欺師みたいにお喋りが上手ね?」

「……褒められているのかな」

「まさか。あなたお得意の、話のすり替えだわ。魔物退治だけなら、聖魔術なしでも可能でしょ。その為に時間も金も掛けて育てた魔術師団や騎士団がいるんじゃない」


 ラヴィニアの指先が、ブライトン、それからギルを順番に指し示す。


「その為に給金をもらって鍛えた大人達が命も張らずに、異世界から来た子供に任せようだなんて、恥を知りなさい!」


 ラヴィニアが啖呵を切ると、ブライトンはスッと笑顔を消した。


「……ラヴィニア」

「だが聖女が旅に同行すれば、魔物退治が易くなるのは事実だ。無辜の民が苦しめられる時間も範囲も減る。何より魔物を退治した後の土地の浄化は、聖女にしか出来ない」


 言いながらギルが近づいてきて、ツバサの傍らに膝をついた。

 ツバサはラヴィニアの腰に抱き着き身を縮めながらも、ギルから目を離すことが出来ないようだ。

 真剣な碧い瞳が真っ直ぐにツバサを見つめ、次にラヴィニアを見つめる。


「……それに、お前にはもうこの子を守りきる力がないだろう」

「!」


 そう言われた瞬間立ち上がったラヴィニアは、こんなこともあろうかと家から持ってきていたフライパンを振りかざしてギルの頭目掛けて振り下ろす。


「お母さん!?」


 ツバサの悲鳴が轟くが、ギルは慌てず騒がずラヴィニアの腕を摑んだ。そうなることは予測出来ていたが、やらずにはいられなかった。


「落ち着け」

「過去最高に落ち着いているわよ。この嫌味な男にはやっぱり、可愛い娘は渡さないって決意を新たにしたところ!」


 フライパンを握るラヴィニアの腕はぶるぶると震え、しかしその腕を摑むギルの腕はちっとも揺らがない。それが悔しくて、ラヴィニアは唇をキツく噛んだ。

 それを見て、ギルの目が細められる。

 睨み合う二人に、ブライトンがヤレヤレと溜息をついた。


「相変わらず苛烈な人だな、ラヴィニア」

「……話はどこまで行っても平行線よ」


 ラヴィニアがようやく腕から力を抜くと、ギルの腕も離れていく。摑まれていた箇所は痛くはないが、どうしてだか、ひどく熱い。

 こちらのあくまで反対の姿勢に、けれどブライトンは肩を竦めて微笑むだけだった。




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