18.襲撃
これは、無罪ではないがもうラヴィニアの過去の罪に触れてはならない、という王からのお達しだ。
「ありがとうございます……!」
今はこれで十分だった。これで、少なくともツバサが罪人の娘として扱われることはない。
一度広がった風評被害を覆すことは容易ではなくラヴィニアに対して相変わらず魔術師達の当たりはキツそうだが、そんなものはどうとでもなる。第一、王城魔術師に近付かなければそれだけでグッと非難される回数は減るだろう。
王都のどこかでごく普通の王都民として働いて暮らせばいいだけだ。実家に帰るつもりもないし、それぐらいならばこの五年とさほど変わらない生活が出来る。
上手く主張が通ったことにホッとして顔を巡らせると、ブライトンとギルが並んで立っているのが見えた。二人とも、こちらを見つめている。心配してくれたのだろうか?
ギルには、あの日以来会っていなかった。
その後はアンジェリーナが常に付き従ってくれて、時折滋養の付きそうな果物などが彼の名義で差し入れされていた。だがそんな気の効く男ではなかった筈なので、アンジェリーナの気遣いだろうとラヴィニアは判断している。
「お母さん。これからも私、お母さんと一緒?」
ツバサに呼ばれて、ラヴィニアはとびきり優しく微笑んだ。可愛い娘。ひとまず彼女を守ることが出来てよかった。
「勿論。ずーと一緒よ!」
「よかった!」
ラヴィニアが屈むと、小さな体が首に抱きついてくる。ぎゅっと抱きしめると温かくて、このぬくもりと離れ離れにならずに済んで本当によかった、とため息をついた。
これで本当に謁見は終わりだろう、と安堵していると、ガシャンッと耳障りな音がしてそちらに注目が集まる。ラヴィニアもツバサを背に庇い、サッと立ち上がった。
その視線の先には、見知らぬ男が恐ろしい形相で立っている。手には、どうやって持ち込んだのか抜き身の短剣。足元には書類が落ちているので、議事録を取る係だったことが分かった。
「ラヴィニア・ダルトン! お前の所為だ! お前の所為で妹は……!! なのに、お前だけ罪を消そうなどと、ふざけるな!!」
「……あなたは、誰? 初対面の人に恨まれる理由が分からないのだけれど」
王の御前、謁見の間だ。騎士も大勢の衛兵もいる中での強行であり、男が逃げおおせる確率は低い。だが、ラヴィニアに一太刀なりと負わせることが目的ならば、その成功率が高かった。
何せ聖女であるツバサならばまだしも、ラヴィニアのことを守ろうとしている者はこの場にはいないのだから。
「俺はユリア・ジェンダンの兄だ!」
それを聞いて、ハッとした。
男は、魔術書庫でラヴィニアに危害を加えようとした、ユリアの兄だったのだ。
着ているものは文官の制服だし、議事録を任されていたのならば元々この場にいても違和感はないが、王のいる場所に武器を持って入り込めていることに驚く。
ユリア・ジェンダンは、騒ぎを起こそうとしたことを咎められて今は自宅で謹慎している。彼女の兄が王の御前でラヴィニアを襲撃する方が、よほど大きな罪になる筈。
何故今、こんなことを? 別の場所で襲撃した方が男にとってずっと有利な筈だ。
そう考えている間にも男は短剣を構え、ラヴィニア目掛けて突進してくる。
都合の悪いことにラヴィニアは魔術が使えないように、といつも首から提げている魔法石を謁見の間に入る前に取り上げられてしまっていた。当然武器など最初から持ってもいない。
しかし避ければ、すぐ背後にいるツバサに短剣が当たってしまうかもしれない。
短い思考時間の結果、傷は負うかもしれないが命に別状のない程度ならば諦めるしかない、とラヴィニアは覚悟を決めた。
このまま突進してくる男から一太刀食らえば、流石に衛兵達が男を捕らえてくれるだろう。
「死ね!!」
死ぬものか、馬鹿者。
ラヴィニアは皮肉っぽく微笑んでさえみせた。
聖女を守る為にツバサの方へ駆けてくる衛兵はいたが、ラヴィニアを助ける動きではない。そのことに気づいて、内心でも嘲笑う。罪が消されてなどいない。ラヴィニアはこの場にいる者達にとって、今でもただの罪人だ。
しかし、本当に魔術が使えない身というのは不便だ。こんな男と短剣一本、魔術が使えた頃は近づけもさせなかったのに!
そんな風に考えてラヴィニアが唇を尖らせた瞬間、サッと男とラヴィニアの間にギルが立ちはだかった。
「ギル!?」
ラヴィニアの驚きの声には反応せず、彼は襲ってきた男の腕を手刀で打ち短剣を落とすと、素早く床に転倒させて制圧した。
「皆何をしている!! 王の御前だぞ!」
ギルが怒りを込めて吠えると、バタバタと衛兵や騎士達も動き始めた。
それを見て、本当にこの場でラヴィニアのことを守ろうとしたのはギルだけだったのだ、と痛感した。あわよくば、聖女の保護者であるラヴィニアには死んでもらいたかったのかもしれない。
だとしたら、王の謁見の場に短剣を持って男が侵入出来たのは、この場にいる誰かの手引きである可能性も浮上する。
「お母さん! 大丈夫!?」
「うん……怖かったね、ツバサ…もう大丈夫よ」
ツバサを抱きしめると先程とは違う安堵と、そして今更ながら恐怖が襲ってきてラヴィニアはへなへなとその場に膝を突いた。
刺される覚悟はしていたものの、実際にはかなり恐ろしかったのだ。
「お母さん!?」
「ラヴィニア、どこか怪我したのか」
拘束した男を衛兵に引き渡していたギルがすぐさまこちらにやってきて、ラヴィニアの側に跪く。ツバサは立ったままだったので、ラヴィニアは娘のお腹に懐きながら苦笑してしまった。
「……あー……情けないけど、腰抜けたみたい。誰かに運ぶように指示してくれない……っうえっ!?」
言い終わる前に、ギルによって抱き上げられてラヴィニアはさすがに悲鳴を上げる。
「ちょっと!? 何をするの、ギル・カーヴァンクル!」
「陛下、ダルトンを医務室へ連れていきますので御前を失礼いたします」
「ギル!」
「……許可しよう。ラヴィニア・ダルトン、此度は大義であった」
ラヴィニアの抗議を無視して片手で抱き上げたギルは、さっさと陛下に許可を得て謁見の間をでていく。ツバサが横に着いて来ているのを見て、ラヴィニアはため息をついて諦めた。
体から力を抜くと、ギルの体はとても安定している。後でどんな嫌味を言われるのか考えただけでムカムカするが、現状腰の抜けたままのラヴィニアに出来ることはない。
いや、一つだけやっておくべきことがあった。




