17.件の締結
それは周囲に並ぶ者にとっても予想外の言葉だった様子で、ジョルジュ陛下の独断らしい。ラヴィニアも紫の瞳を見開いて、雷にでも撃たれたかのような衝撃を味わう。
幼い頃から目指してい王城魔術師。一度はその栄光を手にしたものの、短い期間で剥奪された憧れの仕事だ。
「陛下! 突然何を仰るのです!!」
「師団長、しかしそなたもラヴィニア・ダルトンの優秀さは理解しているだろう?」
「それは……」
普段は穏やかな魔術師団長のヘニング卿が、王の言葉に明らかに狼狽している。対して王の言葉は落ち着いていて、やや冷たい。
ラヴィニアはそれはそうだろう、と内心で頷いた。一度魔術師団から罷免した者を、相談もなく戻されては師団長の立場がない。
王はラヴィニアが他国にこの技術を流出させるのを防ぐ為に魔術師団に引き留めておきたい、といったところだろうか。
魔物相手の戦場では他国とも協力して戦うこともあるし、魔術師ならば一度見れば魔法石から聖女の力である聖魔術が放たれることは理解出来る筈。
その術の開発には苦労するかもしれないが、一度アイデアを得れば時間と人員を割けば再現は不可能ではない。
聖女の力だけはツバサにしか付与出来ないが、魔法石に魔力を込める方法は遅かれ早かれ他国でも使う者が現れるだろう。
魔法石も少し特殊なものを使ってはいるが、聖女の聖魔術を込められたものとして使われていく内にその特殊性も知られていくことになる。
「ラヴィニア、どうだ」
もう一度問いかけられて、ラヴィニアは顔を上げた。
「陛下。私は魔力貯蔵器官を失っていて、魔術師としてはもうお役に立つことが出来ません」
そう言うと、ヘニング卿が目に見えて安堵していた。
王はまだ諦められないという表情を浮かべているが、こればかりはどうしようもない。本当に、ラヴィニアにはもう王城魔術師として国に貢献する術がないのだ。
しかしこのまま放っておけば、今度は知識の流出を避ける為に暗殺されかねない。一度手酷く捨てられた経験のあるラヴィニアは、王城の者の誰のことをも信用していなかった。
「ですが……今回のことを功績と仰っていただけるのでしたら、私の王城追放を解いていただきたいのです」
ラヴィニアがそう言うと、王は続きを促して顎をしゃくる。
王城魔術師に復帰するなんて冗談じゃない。でも、ラヴィニアにはここに留まりたい理由があった。
「娘のツバサは、これからも聖女として魔法石に魔力を込めるお役目をこなしていきます。その為に、この王都に滞在することになるでしょう。母として、娘と共にこの王都で暮らしとうございます」
王城魔術師には復帰しない。でも、ツバサの為に共にここに留まり、他国に行きはしない。
それがラヴィニアの提示する条件だった。王城追放の身のままでは、王都で職を得ることは不可能だろう。
当然無罪放免が望ましいが、今この場で提案してもすぐに受け入れてもらえる内容ではない。ならばせめて、追放だけは取り下げて欲しかった。
五年前の件はラヴィニアは自分は騙されただけ、無罪だという主張を変えるつもりはないが、今それを主張する場面ではないことは弁えている。
「それならば、まぁ……」
ヘニング卿はモゴモゴと言っている。
彼に嫌われていた記憶はないが、立場のある人にとってはラヴィニアはいつ爆発するか分からない危険物のような存在で、それだけで忌避されてしまうのだろう。
五年前にラヴィニアが王城魔術師だった頃は、師団長も副師団長も別の人が任されていた。
そして当時の魔術師団長は、五年前の事件の責任を取って辞任、副師団長がその後を継いだと記憶していた。その際に、ヘニング卿は副師団長に就任していた。
が、ブライトンに聞けば去年その新しい師団長に変わって、ヘニング卿が就任したのだという。
代変わりが少し早いように感じたが、それぞれに事情があるし師団長などと言う負担の大きい職務は長く続けられるものではないのかもしれない。
人から面倒を押し付けられ続けた所為で、ヘニング卿はこれ以上の厄介はごめんといったところか。
その際に、副師団長の座にちゃっかり収まっているブライトンが、恐らく異常に狡猾なのだ。
王は、ぐるりと周囲に並ぶ者の顔を眺め一つ頷いた。
「わかった。ラヴィニア・ダルトンの王城追放を正式に解除する。以降、彼女を罪人として扱うことを禁ずる」




