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魔女の凱旋  作者: 林檎
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16.王に謁見

 

 数日後。

 本来ならば聖女出立の日。

 ラヴィニアとツバサは、正装で謁見の間に立っていた。

 傍らには魔術師団長ヘニング卿と副師団長のブライトン。謁見の間に居並ぶ面々の中には、騎士団第三隊の隊長であるギルの姿もあった。

 白を基調としドレスにピンクのリボンやレースで着飾ったツバサは愛らしい。対照的に、装飾のシンプルな黒のドレスを着たラヴィニアは、いかにも物語の悪役の魔女のように皆に見えているのだろう。

 勿論それで構わないのだ。ラヴィニアはもう自分の名誉の回復だとか、無実の証明だとかには興味がない。自分のことよりも、可愛い娘を守ることが出来ればそれでよかった。

 淑女の礼を執って視線を下げて待っていると、玉座から低く落ち着いた声がかかる。


「顔をあげなさい、聖女ツバサ。そしてその母、ラヴィニア・ダルトンよ」


 家名で呼ばれて、ラヴィニアは皮肉な気持ちで顔を上げる。

 前回この部屋に連れて来られた時は、罪人として両手を拘束されて床に膝を突き、衛兵の剣は常にこちらに向いていた。

 そして王は冷たく追放を言い渡し、誰もが冷めた目でラヴィニアを見下ろしていたものだ。

 あんな扱いをされて、今「聖女の母」と温かい声に呼ばれても有難くもなんともない。


「聖女ツバサよ、そなたの見事な働きぶりは魔術師団長より聞いている。ご苦労だった」


 ディンセル国王ジョルジュ陛下は、張りがあり耳に心地よい声で話す。

 栗色の髪に濃い藍色の瞳の彼は、いかにも頼もしい容貌の精悍な男性だ。だが常々ラヴィニアはこの王の最も優れている点は、声だと思っていた。温かくも冷たくも変化するその声を操り、聞く者の心を動かしていく。

 生憎、一度手酷く切り捨てられたラヴィニアの耳には、常に冷たく響くだけだ。

 緊張して青褪めているツバサの背にそっと触れると、彼女はこちらを向く。微笑んで頷いてやるとツバサはヨロヨロとぎこちなくカーテシーをした。

 この謁見の為に大慌てで仕込んだ動きだが、異世界からきた少女のぎこちない礼を非難する者はさすがにいない。


「あ、ありがとうございます、王様……」


 喉を震わせてなんとかそれだけ言って、ツバサはすぐに隠れるようにしてラヴィニアの腰に抱きついた。その頭を撫でて、ラヴィニアはよく出来ましたと労う。

 実際ツバサはかなり疲れているのだ、出来るだけ早くこの謁見を終えてベッドで休ませてあげたい。


「して聖女の母、ラヴィニア・ダルトンよ」


 ラヴィニアはまだ許可を得ていないので、発言することなく一段と高い玉座に座る王を黙って見上げる。


「聖女の聖魔術を蓄積する術の開発、大義であった。そなたの望み通り、聖女を戦場に連れていくことは決してしないと、私が約束しよう」

「ありがとうございます……!」


 ここでようやく発言の許可を得たので、ツバサを抱えたままラヴィニアは美しい所作でカーテシーをする。喉は歓喜に震えた。

 ピンと伸びた背筋や顎の角度、どれも娘時代に厳しく教師に叩き込まれたもので、体が覚えていた。無事ツバサを戦場に連れて行かれずに済むことが分かって、ラヴィニアは膝から崩れ落ちそうな程に安堵する。


 ラヴィニアが開発した方法とは、いつも首から提げている魔法石に施した術の応用だった。


 魔力貯蓄器官を持っているのが当然の魔術師にも、魔力を持たない非魔術師にも考えつかなかっただけで、ラヴィニアにだけはごく当たり前のことだったので逆に盲点だった方法。

 言葉にすると、ツバサの聖魔術を魔法石に込めそれを戦場に持参して魔術師が術式を刻んで行使するだけ、だ。

 勿論魔力を込めた者と術を行使する者が違うので、その調整や魔法石に込めた魔力の持続期間などの検証が必要だったが研究結果は順調で、ブライトンの承諾を得てから正式に報告し魔術師団長のヘニング卿にも承認をもらえたものだ。

 ツバサが疲れているのは、今回の戦場への出立に同行しない代わりに数多くの魔法石に魔力を込めた所為だった。


「本来使い捨ての筈の魔法石に魔力を込める術は、今後も別の用途にも広く使われることだろう。今後の魔術師達の研究にとって、そなたの功績の影響は計り知れない」

「……勿体ないお言葉です」


 そう言って視線を下げつつ、ラヴィニアはそうだろうか? とチラリと考える。

 魔力量が多いことを誇る傾向にある魔術師達のことだ、他者に己の力を譲渡するような方法を本当に良く思っているかは怪しいものだ。

 かつてラヴィニアは誰よりも魔力量が多く、自分でもそれを誇りに思っていた。今、魔力貯蔵器官を失っているからこそ考えついたアイデアではあるが、当時の自分であったならばどう思うかは分からない。

 しかし、おかげでツバサが戦場に連れて行かれずに済んだ。

 その為ならば、魔力貯蔵器官を失ったことにも少しは意味があった、とラヴィニアには思えた。


 そろそろ王の言葉も終わるだろう、そうすれば謁見も終わりツバサを休ませることが出来る、と腰に抱きついたままの娘に目をやっていると、驚いたことに王の言葉はまだ続いた。


「此度の功績を持って、ラヴィニア・ダルトンの魔術師団への復帰を許可しようと思うのだが……どうだ?」

「!?」



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