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魔女の凱旋  作者: 林檎
15/73

15.光明

 

「……そこにこだわっている暇があるのか?」

「なんですって?」

「聖女の代わりになる方法の、目途はついたのか? 聖女出立までは本当にもう日がない。ここで何も語らない俺相手に問答して時間を無駄にするのは、得策とは言えないと思うが」


 その、明らかにラヴィニアの意識を逸らそうとする物言いがひどく気に障った。


「この……ッ!」


 その頬引っぱたいてやろうと思わず平手を掲げたが、ラヴィニアの手はぶるぶると震えて振り下ろされることはない。ここでギルを叩いたところで、ギルの意思は動かない。同じくラヴィニアだってどれだけの時間であろうと粘るつもりだったが、ここでも話は平行線なのか。

 ギルが言わないと決めたのならば、この時間は無駄なのか。ならば時間は、ツバサの為に全て使うべきか。

 迷い震えるラヴィニアの手を、ギルは目を細めて見ていた。


「……お前の腕力で殴られても、痛くもかゆくもない」

「ああ、そう……!」

「だが……いっそ殴ってくれた方が、マシだ」


 そう言うギルが今何を考えているかなんて、ラヴィニアにはさっぱり分からない。だが自罰的なことを言う男を殴って、救いなど与えてやるものか。


「じゃあ、殴るわけにはいかないわね。後悔して、自分を責めるがいいわ」

「……それが、お前の望みなら」


 碧眼が伏せられて、ラヴィニアは太陽が翳ったかのような心地がする。いつだって真っ直ぐに見つめてくる、口よりも雄弁な碧眼が好きだった。

 今は言えない言葉と同じ様に、こちらを見てはくれないのだ。ならば、


「出て行って。もう顔を見せないで」


 ラヴィニアが冷たい声で告げると、ギルは視線を合わせないままに部屋を出て行った。

 あとに残されたのは肩を落としたラヴィニアだけ。しかし、ギルとの関係はとっくに終わっていると分かっていたのだから何も変わっていない筈だ。

 ラヴィニアはツバサの為に、彼女を戦場に連れて行かずに済む方法を考える。その為にここにいることに、何も変わりはない。


「……回復魔術で、この痛みも癒すことが出来ればいいのに」


 首から提げた魔法石に触れて、ラヴィニアは溜息をついた。

 この五年間ずっと自分に言い聞かせてきたのに、ギルが真実を教えてくれなかったことに胸が痛い。魔術でも癒すことの出来ない痛みをずっと抱えている自分に、ラヴィニアは心底うんざりとした。

 五年言い聞かせた、ということは、五年経ってもなお納得出来ていない、ということだ。情けない。


「ここにツバサの魔力を込めてもらったら……あの子を抱きしめた時のように、胸の痛みが消えるのかしら」


 自分を嘲って笑い、魔法石から手を離す。

 ツバサを抱きしめると、心の中に凝った澱が解けるような気がするのだ。辛くて悲しくて惨めだった五年を、ラヴィニアがそれでも笑って生きて来られたのは愛する娘のおかげだった。


「まったく……娘に頼ってばかりでなにが母親…………ん?」


 魔法石に魔力を込めるのは、ラヴィニア以外の誰にも必要がなかった。魔術師には魔力貯蔵器官があり、非魔術師には魔力を貯める必要がない。

 だから今まで、誰も考えたことがなかった。


「聖女の魔力を魔法石に込めたら……?」


 ラヴィニアは急いで術式に関する文献を開き、ページを捲る。

 魔術の文献は当然魔術師の為に書かれたものなので、非魔術師が術式の刻まれた魔法石を使う際に関することは書かれていない。必要がないからだ。

 だが聖女の魔力を魔法石に込め、それを戦場で魔術師が使うことが出来たのならば、ツバサは戦場に行く必要はない。


「まず、魔力を込めることの出来る魔法石。それから聖女ではない者が魔法石を使うことが出来るのか、継続期間と術の効果範囲、どの程度の魔力を込める必要があるのか……」


 ラヴィニアはペンを取って、必要事項を紙にガリガリと書きつけていく。

 今首から提げている魔法石はたまたま手に入った特殊な性質の石で、どの魔法石でも魔力が込められるわけではないのだ。同じ特性を持つ魔法石を見つけること、ラヴィニアではなくツバサが魔力を込めることが出来るのか、それを他者が使うことが出来るのか。

 課題は山積みだが、一つずつ検証しクリアしていくのは研究を主としていたラヴィニアには望むところだった。

 これはもう、不可能ではない。


「これで、ツバサは戦場に立たなくて済む……!」


 ラヴィニアは喜びに震え、会心の笑みを浮かべた。


「それに……」


 確かに研究を進めることの方が急務だったので今回はギルを追い出したが、ここに道筋が出来た以上あとはこれまでの知識を総動員して形にするだけだ。

 伊達に天才魔術師とは呼ばれていない。ラヴィニアはこのアイデアを実現する自信があった。


「……この件が終わったら、洗いざらい白状させてやるんだから」


 フッ、とラヴィニアは笑みを不敵なものに代えて、襟元から魔法石の首飾りを取り出す。

 いつも身に着けているものの、あまり人目には晒したくなかったので実は服の中に隠して首から提げていたのだ。

 美しい碧色の魔法石は、中に金のインクルージョンが混じり不思議な虹彩を放っている。

 魔術で精製された金の針金で留められラヴィニアが施した複雑な術式が刻まれているそれは、装飾品というよりは立派な魔術具である。


「首を洗ってまってらっしゃい、ギル・カーヴァンクル!」


 勇ましく宣言して、ラヴィニアはまた魔法石を服の中に隠した。実はその首飾りはかつて恋人であるギルからの、求婚の際の贈り物だ。

 その特殊な魔法石がラヴィニアの命をここまで繋いできたことを、彼女はまだ男に告げるつもりはなかった。






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