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魔女の凱旋  作者: 林檎
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14.寡黙な騎士

 

 突然の抱擁にラヴィニアは一瞬止まったが、すぐに暴れ出す。

 静かな研究室にじたばたと足掻く音がするが、ギルがいる時はアンジェリーナは退室していることが多く今回も不在で、誰も助けてはくれない。


「放しなさい! 断りもなく女性に触れるなんて紳士の名折れよ、ギル・カーヴァンクル!」

「すまない」


 長い腕の中で藻掻くが、ギルの抱擁からはちっとも逃れられない。こんな時に、彼の怪力がラヴィニアには恨めしい。

 五年前ならばそれこそ魔術で対抗していたが、今はそれも出来ない。


「謝るなら、放して……!」

「そうじゃない。お前をあの時守れなくて、すまなかった。ずっと……この五年間も一人にして、本当にすまない……」

「っ……」


 ここで、そう、謝るのか、この男は。

 ラヴィニアは脚から力が抜けてしまい、思わずギルの背中に抱き着いて縋る。抱きしめ返したわけではなかったが、彼はそうと勘違いしたのだろう。

 ますます抱擁する腕の力が強められて、苦しいぐらいだ。


「なによ……もう別に謝ってなんてくれなくてもいいのよ。さっき言ったじゃない、私だってこの五年あなたのことなんて知らないし、あなただってそうだとしても責める権利は……」

「知っていた」

「……は?」


 抱きしめられた状態のまま顔を上げると、とても近い位置にギルの端正な顔があった。しかしその美しい顔は今や苦痛に歪み、碧眼は濡れているように見える。


「知っていた。お前があの村に住み始めたことも、聖女と思しき少女を保護したことも」

「なに……それ……」


 ラヴィニアの瞳が大きく見開かれる。

 体調がずっと思わしくなかったことや村での慣れない生活が大変だった所為もあるが、ラヴィニアはギルとはもう別れたことになっていて、彼は自分には関心がないのだと思っていたのでこちらからは連絡を取ろうとしなかった。

 だから王都の近況も、ギルがどう過ごしていたかも知らない。

 なのに、彼はずっとラヴィニアがどこでどう生活してのかを知っていたというのか。


「知ってて……なんで……」


 何故連絡してくれなかったの? とは思うものの、やはり別れた相手に連絡する必要がなかったからだろうか。

 ラヴィニアの紫色の瞳がゆらゆらと揺れているのを見て、ギルはまた表情を歪める。


「無事で……元気に暮らしているのならば、言わない方がいいと思っていた。でも、こんなにも苦労していたのなら、もっと早く迎えに行けばよかった。すまない……」


 そこでまた抱き寄せられて、ギルの悲痛な声だけが聞こえる。ラヴィニアは混乱して、上手く考えを纏めることが出来ない。

 ギルとは、別れたわけではなかったのだろうか? 事件の後に面会にも訪れず、王都を去る時もついぞ会うことのなかった男。

 でも彼はずっと前から、ラヴィニアの居場所を知っていた。

 王城に来た初日にラヴィニアは、ギルやブライトンが聖女であるツバサを捜索しきれないのならばそれまでのこと、と考えていたことを思い出した。実はとっくに見つかっていたのだ。


「……待って。ねぇ、じゃあどうしてツバサを迎えに来なかったの?」


 ラヴィニアが無事に暮らしているのならばそっとしておこうと考えたのは置いておいて、聖女をこれまで迎えに来なかったのは何故だ?

 幼かったから? 違う。それならば村で生活し始めたばかりのラヴィニアの傍よりも、こちらで保護してきちんと教育しようと王城の者ならば考える筈だ。

 ギルと、恐らくブライトンの二人に、聖女ツバサの存在は隠されていた?


「今、言わない方がいいと思った、て言ったわよね……? なにか隠しているのね」

「……」


 冷静な思考がラヴィニアに戻ってくる。そうなるともう恋を失った哀れな女とは一転して、ラヴィニアには天才魔術師と呼ばれた才気が漲る。

 めいいっぱい力を入れて腕を突っ張ると、今度は力なくギルの腕と体が離れた。解かれた抱擁に肌寒さを感じるが、今はその思いを振り切ることが出来た。

 眦を吊り上げてギルを睨むと、彼は先程の苦しそうな表情を消して無表情になった。癖を知り尽くした元恋人を舐めないで欲しい、隠し事をする時のギルは狼狽えたりしないでこうして無表情になるのだ。

 何か重要なことを告げられた予感がする。ラヴィニアは魔術師として、そして開発者としてその時の自分の勘を絶対に無視しないようにしていた。


「私とツバサの居場所を知っていて、今頃迎えの使者を寄越したのには意味があるのね? ……ブライトンも知っているんでしょう。言いなさい、何を隠しているのギル・カーヴァンクル!」

「……」


 貝のように口を閉ざしたギルを、ラヴィニアは睨みつける。


「ギル」

「……お前には関係ない」

「さすがに苦しいわよ、侯爵令息様。ツバサに関することなら、放っておくわけにはいかないわ。あの子を守る為にここにいるんだから」


 ラヴィニアがそう告げると、ギルの碧眼がスッと冷えた。全てをシャットアウトして、絶対に告げないつもりなのが伝わる。

 しかしここまで聞いてしまって、ラヴィニアにだって退くという選択肢はない。ギルとブライトンが何を企み、それがツバサにどう関係しているのかを聞き出すまでは梃でも動かないつもりだった。



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