13.蝕む空白
例えば非魔術師であっても、生まれながらに持つ臓器をひとつ失えば他が無事であろうと体はバランスを崩す。それと同じ状態だ。
それを補う為にラヴィニア自身が作り出したのが、一見ただの魔法石に見える魔術具だった。これはラヴィニアが魔術を使う為だけではなく、石に魔力を吸い取らせることによって体のバランスを取る為にも必要なものなのだ。
「魔法石に魔力を……貯める? どうやって?」
「魔術の反転を利用して…………そうか、あなた達には無用の理論だものね」
ラヴィニアは皮肉な気持ちになって微笑む。魔術貯蔵器官を失って尚魔術を使おうとする魔術師なんて、これまでラヴィニア以外に存在しなかったのだ。
魔力貯蔵器官を失うこと自体があまりにも稀であり、少例失った者の存在は記録にあるものの理由は様々だが例外なく長生きはしていない。
魔法石は元々その石自体に魔力が宿っているもので、石に術式を刻むことによって非魔術師が使うことの出来る魔術具となる。
刻む術式によって術の内容は異なり、火を起こしたり風を起こしたりとその用途は様々だ。
しかし鉱山などから発掘した時点で魔法石は元々魔力を帯びていて、その中の魔力を使い切れば石の役目は終了の使い捨ての道具である。
非魔術師は魔法石を道具として使うだけだし、魔術師は自分が魔力貯蔵器官を有しているので「魔力を石に貯める」必要がない。
「……使い捨ての魔法石に、魔力を込めているのか」
ギルはそっとラヴィニアの首から提げられている魔法石に触れて、呟く。
いつの間にか距離がとても近くて、ラヴィニアは背筋が震えた。
ギルの体温も香りも、覚えている。そんな状況じゃないのに、脳裏を過ぎる思いに羞恥を感じた。
魔法石の術式は、非魔術師の為に刻まれているものだ。魔術師ならば自分で詠唱なりすれば同じ効果が得られる。
つまりラヴィニアは魔力を込めた魔法石を、貯蔵器官代わりにしているのだ。
「お前は……本当に天才なんだな」
「……お褒めいただき、ありがとう」
勿論これとて、一朝一夕に出来たものではない。
物理的な臓器ではないが、魔力貯蔵器官を失ったラヴィニアの体の内側はズタズタだった。魔力がこれまで通り生み出すものの貯めることは出来ず、それが流れていくことを知覚する。生まれてからずっとあったものが失われた所為で体のバランスは崩れ、体の不調は心にも影響した。
なんとか魔法石に魔力を貯めるという方法を思いついたものの、魔術師には必要のない手段である為研究された資料もなく、何もかも手探りでここまできたのだ。
ほんの少しでも魔力を貯めておけば、不調の際に回復魔術を使えるのでそれで何とか凌ぎ、五年経ってようやくラヴィニアの体は魔力貯蔵器官がない状態に慣れてきたところだった。
とはいえ勿論完全な体調とはいえない。ギルの記憶にあるラヴィニアよりもやけに体力が落ちているのは、その所為だった。
ギルが痛ましげにラヴィニアの目元に触れてきた。
「なに……」
「こんな方法を編み出さなければ、お前は生きていくのも辛かったのか」
「……」
辛かった。
生きたまま、身を裂かれるような日々だった。若木を裂く際、めりめりと生々しい音がする。まさにそのような状態だった。
だがそれをこの男に言うのは嫌で、顔を背ける。指先の温かさを味わいたくない。甘えてしまいそうだから。
「そうよ。私はそうやって、生き延びてきたの。ツバサを守る為に」
今のラヴィニアでも魔術を使うことは出来る。魔術を発動する力は失っていないからだ。
しかし複雑であったり規模の大きな魔術を行使するには、魔力が足りないのだ。
体力のない者が短距離ならば走られても、長距離を走りきることが出来ないように。非力な者が軽いものならば持てても、重量のあるものを持ち上げることが出来ないように。もどかしくて、しょうがない。
元々ラヴィニアは魔力貯蔵器官の容量が大きく、比例して魔力量が多かった。だからこそローザ・メイヤーに目を付けられて、魔族召喚の媒体に使われたのだ。
魔力貯蔵器官が無事な頃は、ラヴィニアはどれほど魔術を行使してもちっとも疲れなかったし、魔力切れになったこともなかった。
ただ魔力量が多く天才と称されることで目立っていたものの、ラヴィニアは元々魔術を使って戦うよりも研究して魔術具などを開発する方が好きな学者タイプである。
魔力貯蔵器官が失われたことにより、より一層研究に没頭するようになったのだ。
「知らなかった……」
掠れた声で囁かれて、ラヴィニアは目を細める。
知っていたらどうだったというのだ。駆け付けて、抱きしめて、大丈夫だとでも言ってくれたというのか?
彼はそうしなかったし、ラヴィニアも可憐に縋ることはしなかった。そう、今までギルをなじってばかりいたが、ラヴィニアの方からだって彼に助けを求めたりはしていなかったのだ。
だからギルのことだけを責めるのはお門違いだし、結果的にラヴィニアは自分の体のバランスを取る方法をなんとか編み出した。だから、この五年は必要な時間だったのだ。
そう、思いたい。
「五年もあれば、お互いに色々あるわよね。別に別れた女がその後どうしたかなんて逐一知らなくても、あなたの罪じゃないわよ色男」
それでもつい癖で意地悪な言い方をしてしまう。
いつもならばそれに丁々発止で応えてくるギルが青褪めたままこちらを見ているだけなので、ついついラヴィニアの唇は滑りが良くなる。
「私だってあなたの五年なんてちっとも知らないし、あ、薄情だったからじゃなく村に辿り着いた頃は半死半生みたいな状態だったからよ? 回復には時間がかかって……嫌だ、どうして更に顔を青くするのよ」
お互い不干渉だったことをアピールしようとしたのに、ギルは元々ひどい顔色だったのにそれ以上に青褪めるものだからラヴィニアは自分のフォローが間違っていたことを悟る。
「ラヴィ……」
悲壮な表情のギルの瞳に光るものを見つけて、ラヴィニアは焦った。
らしくないギル・カーヴァンクルの様子に彼のそんな姿は見たくなくて、なんとか明るい話題に繋げようと口数が多くなっていく。
「何? 泣くの? 泣くのはやめなさい、いい大人なんだし! ええと……わ、悪いことばかりじゃないわよ、魔法石に魔力を込める方法は今のところ私の独占知識だし、いずれこの方法で一儲け…………」
そこで、ピタリとラヴィニアが固まる。
ふらりと近づいたギルに、抱きしめられたからだ。
魔法石は乾電池と思ってただければ。ラヴィニアが持ってる魔法石だけが充電池。




