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魔女の凱旋  作者: 林檎
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12.暗がりの魔女

 

 いよいよ聖女出立の日が近づき、ラヴィニアの焦りはピークを迎えていた。

 客室棟の寝室で眠ることが減り研究室として用意された部屋で雑魚寝をすることが増え、いつも青い顔でフラフラしている。

 唯一食事だけはツバサと共に三食摂っていたが、量は子供のツバサよりも少ないぐらいだった。また倒れてはただの時間のロスだとして、あの日以来最低限の健康を維持している。それには、アンジェリーナがしっかりと世話を焼いてくれてとても助けられた。

 ツバサとガルムは気遣ってくれて何度も止められたが、ブライトンは立場上止めろとは言わなかった。もう、誰に言われても止まるつもりはない。


 ただ、忙しい筈のギルが見張りのように張り付いていて、それがまたラヴィニアの苛立ちを煽る。

 ラヴィニアはもうギルに突っかかるつもりはなかったが、複雑な気持ちを解消出来たわけではないのでどうしてもぎこちなく接してしまう。

 だから彼には放っておいて欲しかった。五年前がそうであったように。


「……見張ってなくても、聖女の代わりになる方法なら必ず見つけてみせるわ。お忙しい侯爵令息……それも、騎士団の部隊長様にいていただく必要はないわよ。護衛も手配してくれてるんだし」

「俺の自由だろう」

「ハッキリ言わなきゃわかんない? ……研究の邪魔だって言ってるのよ」

「何もしていないのに?」


 しれっとギルはそう言って、手を広げてみせる。

 確かに用意された部屋は一人で使うには広く、壁際に図体のでかい男が一人座っていても物理的な邪魔ではない。だが、


「……私の気が散るから、邪魔なの」

「それはお前の都合だ」

「嫌な男ね!」

「そうだな」


 最初の頃はラヴィニアの悪態に顔を顰めていたギルだが、最近はもう何を言っても表情を動かすことはなくなっていた。それがまた、ラヴィニアの意思など歯牙にも掛けていないことを突き付けられているかのようで、不快だ。

 近くにいられても困るし、彼の心に波風を立てられないことにもイライラしてしまう。だとしたらもう、彼には本当に自分に近づかないで欲しい。

 この五年間のように、離れていれば四六時中ギルの存在に気持ちを乱されることもないのに。

 時間が迫る中、研究は行き詰まっている。


 実はかつてローザ・メイヤーと共に研究していたテーマがまさに、聖女の力を聖女なしで実現する方法、だったのだ。

 勿論それを研究していると思っていたのはラヴィニアだけで、ローザ・メイヤーは裏で魔族召喚についての研究を進めていたわけだが。

 ちなみに魔族は魔物の上位種とされているが、こちらも聖女同様に伝説のようなものなので、実態は分からない。

 騙されて調べていたとはいえ、聖女や聖魔術に関する文献や論文も多く存在するし一度は真剣に研究した内容だったので、とっかかりはたくさんあった。しかしその全てを試し、追求したというのに必ず何か下の問題にぶち当たり、失敗に終わってしまったのだ。

 当然のことだ、ブライトンも最初に『誰も出来なかった』と言っていたではないか。

 何せ先人が聖女に代わる方法を研究した際には、肝心の聖女がおらず聖魔術の実態が不透明だった。

 魔物を弱体化させる、魔物が発生させた瘴気によって汚れた土地を浄化出来る、という聖女の力を、誰も見たことがなかったのだ。


 しかし今はツバサがいるので、その母であり彼女に魔術の手ほどきをしたラヴィニアは先人よりも研究を進められる筈だったのに、現在の惨状だ。焦るのも無理はなかった。

 資料を抱えて立ち上がった瞬間、立ち眩みがする。フラついたラヴィニアを、いつの間にか側に来ていたギルが支えた。


「少し休め」

「私に命令しないで……」


 溜息をついたラヴィニアは、首から提げている魔法石を握り回復魔術を自分に掛けた。

 魔力は今朝に貯めておいたものだ。弱い威力の魔術しか使えないし気休め程度だが、その気休めですら必要な程にラヴィニアは疲弊しているのだ。

 石が淡く発光し、ラヴィニアの髪は柔らかい風を受けたかのようにふわりとたなびく。回復魔術が体に巡るのを感じ、一瞬の後に少しだけ呼吸が楽になる。

 ふぅ、と息をついて顔を上げると、ギルは何故か衝撃を受けた様子で目を見開いていた。

 なんだというのだろう?

 効果の低い初級の回復魔術だ、王立学園で学んだ魔術素養を持つ者ならば誰でも使えるレベルのものだ。それこそ、騎士とはいえ魔術師適性もあるギルならば使えるだろうに。

 それとも、かつての天才魔術師であるラヴィニアがこの程度の魔術しか使えないことに驚かれているのだろうか?


「……今のは、魔術か? ラヴィ……魔術が使えるようになったのか?」


 ムッとして、ラヴィニアは唇を尖らせた。魔力貯蔵器官を失っただけで、ラヴィニアは魔術を使えなくなったわけではない。

 魔術師が自分の体に魔力を貯める為に持って生まれるのが、魔力貯蔵器官。その容量が大きければ大きい程魔力を蓄積することが出来る魔力の貯蔵庫であり、これは器官と呼ばれているものの体内に実際に存在する臓器ではない。

 今のラヴィニアには、それがない。

 魔術は発動する為の術式と、魔力の両方が揃ってはじめて効果が出るものだ。今のラヴィニアが魔術を発動させたところで、展開する前に霧散してしまうのだ。

 しかしこれまで通りラヴィニアの体は魔力を生み出し続けていて、これも魔術師としては生来のもので自分で止められるものではなく、その魔力を貯めておくことが出来ない。

 ただ魔力は生み出され続け、その所為でラヴィニアの体のバランスは崩れていった。


「見せたことなかったかしら……? 魔法石に魔力を貯めておいて、必要な時に使えるようにしてあるのよ」



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